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2気付いた気持ちと変わらない関係

「……今日も来ないねぇ」 「……だなぁ」  俺と館野はそう、窓の外を見て呟いた。館野は寂しげな表情で、弁当を広げた。 「いつになったら来るかな、明塚君」 「さあ……一昨日電話した時は相当具合悪そうだったから、まだ結構かかるんじゃねーかな」  館野はなおさら寂しげな色を濃くして、そっか、と呟いた。  明塚は、かれこれ五日間学校に来なかった。  理由は、体調不良。夏風邪なんて初めてかかった、明塚は電話越しにそう笑っていた。  本人曰く、朝から頭痛と怠さがあったにも関わらず、無理して先輩と遊園地デートに行ったせいだ、と言っていた。デート中は体調が良かったけど、帰った後一気にぶり返した、とも。  だが、夏風邪なんかにかかった理由の一つは、ストレスもあるんじゃないか、と俺は思う。本人は辛いそぶりはあまり見せなかったが、嫌がらせはかなり辛かっただろう。 「お見舞い、行きたいなぁ……」  弁当を口に運びながら、館野は零した。しかしその呟きが、お見舞い行こう、という提案にならないのには、一つの理由があった。 「でもさ……明塚の家、前園先輩しか知らねーじゃん」  館野もそれを分かっていて、そうなんだよね、と苦い顔になった。  聞きに行くのには、勇気が必要だった。  ただでさえ前園先輩に話しかけるなんて緊張するのに、明塚への嫌がらせが酷くなった原因の一端は、『明塚と館野は付き合っている』という噂によるものだったから。  しかし館野は、しばらく考え込んだ後、やっぱ聞こう、と立ち上がった。俺は頷いて、弁当を一旦しまった。 「どうしよう……やっぱ無理だよ……」  二年生の教室の前まで来て、館野はそう弱気になった。  前園先輩は、クラスの輪の中心にいた。本人は特に話している訳ではないのに、周りが好きで取り囲んでいるような図式に見えた。  そんな中、後輩が声をかけられるはずがない。そう思っていたが、前園先輩は不意に俺たちに気が付くと、俺 か、と問うように自分を指差した。  慌てて頷くと、前園先輩は周りに断りを入れてから、こちらへ歩き出した。 「俺に何か用か」  前園先輩が静かに問う。怒っているのではなさそうだが、無表情のせいか、何となく気圧される。 「はい、えっと……」館野は救いを求めるようにちらりと俺を見た。「明塚君の家を、教えてもらえないかなと……その、ずっと学校に来なくて心配なので」  言葉が尻すぼみになって消えていく。前園先輩はそれを聞いて、しばらく黙考した。  黙り込んだ前園先輩の顔を見て、不意に整ってるなと感じた。  こんなに近くで見たのは初めてだったが、色気のある猫目と高い鼻梁を見て、これだから人気があるんだろうとも思った。 「正門を真っ直ぐ行って、しばらくしてスーパーがあるからそこで右に曲がって、その道を真っ直ぐ行ったところにある青い屋根の家だ」  前園先輩の顔に気を取られていて、咄嗟には反応できなかった。それは館野も同じだったようで、少しぼうっとしてから、慌てて「あ、ありがとうございます!」と頭を下げた。  頭を上げてから、館野はふと何かに気付いたように動きを止めた。その視線を追うと、前園先輩の首元にはあるネックレスがかかっていた。 『なあ、このネックレスって悪趣味?』以前明塚がそう言って、俺と館野に見せた写真のものと同じだった。  前園先輩は視線に気付いたか、ネックレスを軽く持ち上げて首を傾げた。頷くと、前園先輩は驚いたことに、薄っすら微笑んで言った。 「平太にもらった」  館野はそうなんですか、と呟いて、その場を後にした。慌てて追いかけて見た館野の顔は、打ちのめされたような顔だった。

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