99 / 373
2気付いた気持ちと変わらない関係
「……今日も来ないねぇ」
「……だなぁ」
俺と館野はそう、窓の外を見て呟いた。館野は寂しげな表情で、弁当を広げた。
「いつになったら来るかな、明塚君」
「さあ……一昨日電話した時は相当具合悪そうだったから、まだ結構かかるんじゃねーかな」
館野はなおさら寂しげな色を濃くして、そっか、と呟いた。
明塚は、かれこれ五日間学校に来なかった。
理由は、体調不良。夏風邪なんて初めてかかった、明塚は電話越しにそう笑っていた。
本人曰く、朝から頭痛と怠さがあったにも関わらず、無理して先輩と遊園地デートに行ったせいだ、と言っていた。デート中は体調が良かったけど、帰った後一気にぶり返した、とも。
だが、夏風邪なんかにかかった理由の一つは、ストレスもあるんじゃないか、と俺は思う。本人は辛いそぶりはあまり見せなかったが、嫌がらせはかなり辛かっただろう。
「お見舞い、行きたいなぁ……」
弁当を口に運びながら、館野は零した。しかしその呟きが、お見舞い行こう、という提案にならないのには、一つの理由があった。
「でもさ……明塚の家、前園先輩しか知らねーじゃん」
館野もそれを分かっていて、そうなんだよね、と苦い顔になった。
聞きに行くのには、勇気が必要だった。
ただでさえ前園先輩に話しかけるなんて緊張するのに、明塚への嫌がらせが酷くなった原因の一端は、『明塚と館野は付き合っている』という噂によるものだったから。
しかし館野は、しばらく考え込んだ後、やっぱ聞こう、と立ち上がった。俺は頷いて、弁当を一旦しまった。
「どうしよう……やっぱ無理だよ……」
二年生の教室の前まで来て、館野はそう弱気になった。
前園先輩は、クラスの輪の中心にいた。本人は特に話している訳ではないのに、周りが好きで取り囲んでいるような図式に見えた。
そんな中、後輩が声をかけられるはずがない。そう思っていたが、前園先輩は不意に俺たちに気が付くと、俺 か、と問うように自分を指差した。
慌てて頷くと、前園先輩は周りに断りを入れてから、こちらへ歩き出した。
「俺に何か用か」
前園先輩が静かに問う。怒っているのではなさそうだが、無表情のせいか、何となく気圧される。
「はい、えっと……」館野は救いを求めるようにちらりと俺を見た。「明塚君の家を、教えてもらえないかなと……その、ずっと学校に来なくて心配なので」
言葉が尻すぼみになって消えていく。前園先輩はそれを聞いて、しばらく黙考した。
黙り込んだ前園先輩の顔を見て、不意に整ってるなと感じた。
こんなに近くで見たのは初めてだったが、色気のある猫目と高い鼻梁を見て、これだから人気があるんだろうとも思った。
「正門を真っ直ぐ行って、しばらくしてスーパーがあるからそこで右に曲がって、その道を真っ直ぐ行ったところにある青い屋根の家だ」
前園先輩の顔に気を取られていて、咄嗟には反応できなかった。それは館野も同じだったようで、少しぼうっとしてから、慌てて「あ、ありがとうございます!」と頭を下げた。
頭を上げてから、館野はふと何かに気付いたように動きを止めた。その視線を追うと、前園先輩の首元にはあるネックレスがかかっていた。
『なあ、このネックレスって悪趣味?』以前明塚がそう言って、俺と館野に見せた写真のものと同じだった。
前園先輩は視線に気付いたか、ネックレスを軽く持ち上げて首を傾げた。頷くと、前園先輩は驚いたことに、薄っすら微笑んで言った。
「平太にもらった」
館野はそうなんですか、と呟いて、その場を後にした。慌てて追いかけて見た館野の顔は、打ちのめされたような顔だった。
ともだちにシェアしよう!