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4気付いた気持ちと変わらない関係
「そういえば、お前、嫌がらせ受けてたじゃん」
俺は明塚がりんごジュースを飲み始めてから、何気なく聞こえるように言った。明塚が首を傾げたのを見て、俺は続けた。
「あれ、もう気にしなくて大丈夫だぜ。どうやったかは知らねーけど、お前が休み始めて三日くらいで、前園先輩が噂も嫌がらせも全部消しちゃったから」
明塚は驚いたように目を見開いた。その後、呆れ半分嬉しさ半分の笑みを浮かべ「本当あの人は……」と呟いた。その表情から、仲の良さが伺えて、俺は何となく居心地が悪くなった。
それから、何気ない話を重ねた。気付いたらかなり時間が経っていた。
その間ずっと、館野は何かを言いたげな様子だった。俺が気付くくらいだから、明塚はとっくに気付いていただろう。だけど、何も言わなかった。
しかし、そろそろ帰るか、という雰囲気になり始めた時、館野はついにそれを口にした。
「ねえ明塚君……前園先輩のこと、好きなんだよね?」
明塚は目を瞬かせたが、頷いた。館野は重ねて問いかけた。
「どこが好き?」
明塚は躊躇うように口を噤んだ。様子を伺うように館野を見たが、やがて決心したように言葉を紡いだ。
「全部かな。強いて言うなら、普段は超然としてるのに、すぐ照れたり笑ったりするところとか、健気なところとか」
明塚の言った前園先輩は、俺の知らない前園先輩だった。そしてきっと、明塚しか知ることのない前園先輩だ。
館野は明塚に気付かれないように、そっと拳を握った。そして、もう一つ尋ねた。
「幸せ?」
その言葉にはきっと、『嫌がらせをされても、それでも前園先輩と付き合っていて』という前置きが省略されていたんだろう。
明塚は、躊躇うことなく頷いた。館野は、そっか、と笑った。いつも通りの笑顔で、だけどどこか泣き出しそうな顔にも見えた。
何か言わなきゃいけない気がしたけれど、何も言えなかった。こんな時何も言えない自分を、酷く情けなく思った。
「僕、もう帰るね」
「じゃあ俺も――」
そう腰を上げかけたが、館野は笑って断った。
「僕、用事思い出したから。加賀美君はもうちょっとゆっくりしてなよ」
今は一人にしてくれ、という言葉が隠れているように思えて、俺は黙って座り直した。
「お大事に」と言い残して消えた館野の背中が、悲しげに見えた。もどかしいような苦しいような気持ちになる。
時々襲われるこの気持ちは一体何だろうか、と内心首を捻った。
明塚は館野がいなくなって少ししてから、ため息を吐いた。
「だから言いたくなかったんだよ……」
「だから、って?」
よく分からなくて聞くと、明塚は逡巡するように黙ると、小さく答えた。
「傷付けるだろ、館野もお前も」
更に分からなくて「はぁ?」と聞き返すと、お前どんだけ鈍いんだよ、と呟いたのち、明塚は逆に聞き返した。
「お前聞きたいの? 後悔するぜ」
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