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7気付いた気持ちと変わらない関係

 朝から学校はざわついていた。それを俺は疑問に思いながら、いつも通りに教室へ向かった。  教室に近付くにつれ、周りのざわつきは大きくなった。それがずっと疑問だったが、教室に入った途端、理由を理解した。 「おはよ、加賀美」  手を上げて挨拶するのは明塚だった。確かに明塚、だったが―― 「……お前、誰」  暗い色だった髪は明るい色に変わっていて、きちんとスタイリングしてあった。  第一ボタンまで閉めていたシャツは第二まで開けて、胸元が開きすぎない程度にネクタイを締めていた。  袖を決してまくらなかったシャツも袖をまくっていて、シャツをズボンの中にきっちりしまうのもやめていた。  一言で言えば今までの地味な明塚とは、別人だった。 「はあ?」明塚は呆れたように笑った。「俺だよ、明塚」 「お前、髪染めたの?」  そう問うと、明塚は呆れたままかぶりを振った。 「逆だよ、逆。地毛がこの色なんだけど、染めてるみたいな色だろ? だから今までは、わざわざ暗い色で染めててさ」  何でそんな格好を、そう問う前に、明塚は話し出した。 「俺さ、休んでる間ずっと考えてたの。で結局、地味に見せるのに労力使うより、素を出して過ごす方が労力使わないし得だって思って」  明塚は、馬鹿だよなあ俺、と少し自嘲気味に呟く。 「ようやく、髪染めたの維持するのに金と時間はかかるわ、制服は堅っ苦しくて動きにくいわ、周りにはナメられるわ、先生には雑用頼まれるわ、嫌がらせ受けるわで、何もいいことねえなって気付いたんだよ。地味に見せてる方がむしろ、面倒だってことにも」  どっちにしろ、先輩の恋人ってことで嫌でも目立つし、明塚はそう付け加えた。 「あと何より……」 「何より?」  聞くと、明塚はほんの少しだけ躊躇う仕草を見せると、答えた。 「『あんな地味で良いところなしの生徒と付き合ってるなんて、先輩は頭がどうかしたんじゃないか』って言われてんの、すげえ我慢ならなかったから。俺だけならともかく、先輩まで侮辱されんのは嫌だなって」 「だから、先輩まで侮辱した奴らを見返したい、って?」  明塚は、分かってんじゃん、と笑みを浮かべた。  会話がひと段落したところで、俺はこの前から言いたかったことを言った。 「なあ、難しいこと言っていい? ……お前の惚気、これから全部聞いてやるから代わりに、俺の恋愛相談乗ってくれよ」 「すげえ難しいこと言うな」明塚は口ではそう言いつつも、顔は嬉しげだった。「いいぜ。ただし、俺の惚気は半端なもんじゃねえから」 「んなもん分かってるって」  明塚と俺は目を合わせてから、笑い合った。 「正直、関係にヒビ入ったんじゃないかって心配だったんだぜ、俺?」  冗談めかす明塚。だから嬉しそうだったのかと得心する。 「んなやわなもんじゃねーだろ? 俺とお前って」 「まあな」  俺が拳を突き出すと、にやっとして明塚は拳を重ねた。 「ていうか、俺ずっと思ってたんだけど苗字呼びって距離遠くね? 俺さ、他のやつは下の名前で呼んでんのに明塚は苗字じゃん?」  何気なく言うと、明塚はすぐさま「それ俺も思ってた」と同調した。 「じゃあ平太? でいいよな?」  すると平太は冗談ぽく「あれ、お前の名前何だっけ?」と首を捻った。 「お前それマジで言ってる?」 「えーっと……確かわたみだっけか……」 「その掠り具合は狙ってんだろ? わたるだよ、加賀美渉」 「バレたか。分かってるに決まってんじゃねえか、渉」  平太は俺の肩を抱く。嘘吐くなよばーか、と笑いながら小突くと、わり、と謝る様子も見せずに平太は笑い返した。  不意に、関係が変わらないのはすごいことなのかもしれない、と思った。  俺と館野、平太の関係は俗に言う『三角関係』だ。そして、俺と平太ははたから見れば恋敵となる。しかも、正攻法では叶いっこない。  そんな関係になってしまったら、普通は友情にヒビが入るものなのかもしれない。友達だけど、平太のことは貶めてやりたいと思うものなのかもしれない。  だが、俺は平太と友達をやめるつもりはさらさらない。それは平太も同じことのようだ。  平太は今まで仲良くなったことのないタイプで、何故仲良くなったのかもよく分からない。だけど平太は、これから長い間友達でいるんだろうな、と思えるような相手だ。  だからむしろ、館野への気持ちに気付いて三角関係が露見して、それでよかったのかもしれない。微妙な遠慮や距離感がなくなって、よかったのかもしれない。  俺は平太の笑顔を見て、そんなことを感じた。

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