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7好きって言うだけ
俺から仕掛けると言っても。缶ビールをちまちまと呑みながら俺は、踏ん切りがつかずに悩んだ。
「……誠人? 今日やけに静かだな」
訝るような声色で千紘が問う。千紘はいつも通りだ。――千紘を誘うなんて、できるはずがない。
「俺、風呂入ってくるわ」
不意に立ち上がった千紘に、俺は何とかいつも通りの笑みを浮かべ、言った。
「あ、そう? 一緒に入ろっか?」
なけなしの勇気を振り絞って投げた球は「ばーか」という笑い交じりの一言で、冗談ということにされてしまった。
「じゃ、おやすみ」
千紘がそう呼びかけ、電気の紐を何度か引っ張り、オレンジ色の照明に変えた。そのまま千紘は薄い掛け布団を肩の辺りまで引っ張り、目を閉じてしまった。
おかしい。大学生の恋人同士で夜、一つのベッドに寝ているというのに、これではあまりにも健全だ。いや、俺は何度も千紘の家に泊まったがいつもこうだから、おかしいのは俺の思考回路の方か。
にしても、もう付き合っているんだから、寝る前のキスくらいはしてくれてもいいんじゃないか――そこまで考えて、俺の考え方が完全に受け身になっていることに気が付いた。少し恥ずかしくなる。
もうこのまま、何も起こらないままでも構わないか。そういう考えすら起こってきた。
しかしふと、脳裏に平太と真空君のことが浮かぶ。……プレイはアブノーマルではあるけれど、正直羨ましかった。
今までが今までだから当たり前かもしれないが、俺の性欲は人一倍強い方だ。それに、付き合っているのに何もしないなんて、友達とさほど変わらないような気がする。
そんなことを悶々と考えながらも何もできずにいたが、ふとあることを思った。……距離を縮めたら、キスくらいはしてくれるんじゃないか。
「ねえ千紘ー?」
呼びかけてから寝ていたらどうしよう、と思ったが、「ん?」と返答があったので、杞憂に終わった。
「腕枕してよ」
いつも通りの笑顔に見えることを祈りながら、俺は千紘の顔を見た。少し狼狽えているようだった。だがその動揺の色もすぐ消えた。
「絶対腕痛くなんだろ、それ」
「ええ、いーじゃん。駄目?」
千紘はまた動揺したように視線を宙に彷徨わせたが、顔を少し逸らして腕を出した。
俺はその腕に頭を乗せて、考えた。千紘が俺に全く手を出してこないのは、千紘がヘタレなだけじゃなくて、俺にも原因があるんじゃないかと。
例えば、俺が千紘を友達以上に思っている風に見えなくて、それで手を出すのが怖いとか――そう考えて、あることに気が付く。
俺は、千紘に告白された時『あの場面であんなことを言われたら惚れる』と言ったきり、一度も好きだと言っていない。何だか気恥ずかしくて言えないままだった。
好きだと言えば、実質友達の頃と何も変わらない関係が、何か変わるだろうか。少しは恋人らしくなるだろうか。
そう思って「千紘?」とまた呼びかけた。
「どうした?」
千紘の顔はいつも通りだった。
「俺さぁ、まだ千紘に言ってないことあったの気付いたんだけど」
千紘が何だよ、と疑問気に眉をひそめる。
心臓がどくどくと鳴る。どうして好きって言うだけなのに、こんなにも緊張するんだろう。
他の恋仲にあった人には、何のてらいもなく言えたのに。それどころか、甘い言葉だって臭い台詞だって、いくらでも言えた。
そう疑問に思いつつもどこかで、理由は分かっていた。多分、本気で好きになったのは千紘が初めてだからだ。……頑張れ、俺。俺は残りの勇気を振り絞って、言った。
「好きだよ」
言った途端、部屋は暗いのに千紘の顔が赤くなったのが分かった。本気で狼狽するように視線があちこちに彷徨い、かと思うと――いきなり唇を重ねられた。
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