112 / 373
8好きって言うだけ
「んっ!?」
あまりにも急で驚いて、待っていたにも関わらず、千紘の体を押し退けようとしてしまう。しかしそのまま覆い被さられ、歯茎を舌でなぞられ、力が抜けてしまった。
「ん……んぅ」
それどころか、声までうっかり漏れてしまった。それに興奮したのか、さらに激しく舌を絡められる。今までの淡白さが嘘のようだった。
千紘のキスは下手じゃなかった。だけど、上手くもなかった。テクニックは間違いなく俺の方がある。
なのに、俺が攻めるどころか、快感に必死に耐えて、千紘を何とか受け止めることしかできなかった。――どうしよう、今までで一番このキスが気持ち良い。
何度か息継ぎをして、千紘がようやく唇を離した頃には、なかなか体に力が入らなくなっていた。そんな俺を見て、千紘は辛抱が効かなくなったように俺を抱き締め、耳元で囁いた。
「俺も好き」
頰が熱くなるのを感じる。好きという一言を言われただけなのに、もどかしいほどの嬉しさが込み上げた。
好きと言った途端態度が変わったので、俺は思わず尋ねた。
「もしかしてさ、俺が千紘に好きって言うの、待ってた?」
千紘は首肯した。それから、言い訳をするように言った。
「誠人は付き合ってって言ってくれたけど、本当は好きじゃないかもって……友達としか思ってねえんじゃないかって、思ってて」
思った通りだった。千紘は思った通りのヘタレで、俺に興味がない訳じゃなかったと分かった。
「そこで何もしないで待ってるからヘタレなんだよ」
「だって……無理やり手出して、嫌われたら怖いし」
「馬鹿だなぁ、付き合ってんだよ?」俺は思わず笑ってしまった。「もし相手が嫌がってても、気持ち良かったらそんなん忘れちゃうって」
意外だったようで千紘は瞬きをすると、「誠人らしいな」と笑みを零した。
「俺も聞きたいんだけど、もしかしてさ」千紘は少し躊躇うように言葉を止めたが、続けた。「俺が手出すの、待ってた?」
俺はうん、と肯定してから言った。
「でもネコ役初めてだからさ、誘い方とか全然分かんなくて」
千紘はそっか、と頷いてから、ふと首を傾げた。「……初めて?」
「そーだよ? 今までずっとタチ役だったから千紘が初めて」
そう言って、ふと悪戯心が湧いた。だから自分ができる精一杯の、誘惑するような艶っぽい笑みを浮かべた。
「だから、優しくして?」
千紘は、何か言いたいことを必死に飲み込んだかのように唇を噛み、しばらくして顔を押さえ、ため息混じりに呟いた。
「お前ほんっとずるい……」
「わざとだからね」とうそぶいてみせると、千紘はまた俺の耳元に顔を寄せて、囁いた。
「じゃあ優しくするから、いい?」
そうやっていちいち確認をとる辺りも千紘らしいなあと思いながら、俺は笑った。
「いいよ、千紘の好きにして」
ともだちにシェアしよう!