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11好きって言うだけ

「あ、まだ起きてたんだ。寝てても良かったのに」  俺が風呂場から戻ってくると、千紘はベッドに座って待っていた。 「俺だけ先に寝るのは違うだろ。……後処理、できた?」 「何とか。他人のはやったことあるけど自分のは初めてだったから、大変だったけどね」  言いながら千紘の隣に座ると、千紘は遠慮がちにこう切り出した。 「なあ誠人……初めてが俺で、本当に良かったのか?」  千紘の自信なさげな態度に、思わず笑ってしまった。俺は千紘の肩に頭を乗せて、千紘を見上げた。 「初めてを千紘にあげられて良かったなって思ってるよ? ていうかそもそも、千紘以外に抱かれるつもりないし」  千紘の顔が照れたように赤くなる。はにかんだ顔が可愛いなんて思いながら、俺は続けた。 「俺、千紘がいて本当に良かったよ。だって、毎日こんなに楽しくなるなんて思ってもみなかった」  千紘がただの友達で俺が女遊びを続けてた頃は、周りから見たら人生を満喫しているように見えていたかもしれない。  でもそんなことなかった。  過去がいつまでも暗い影を落としていて、何やっててもいまいち楽しくなくて。  俺は何のためにここにいるんだろうっていう空虚感ばっかり大きくなって、そもそも俺が生きる意味なんてどこにもないだなんて思えてきて。  愛一つでおかしくなってしまう他人が怖くて仕方なくて、だけど誰かから愛されたくて。  矛盾した自分が苦しくて、だけどその自分で生きていくしかなくて。結局誰にも必要とされないのに、苦しみ抜いてまで生きる必要はあるのか、だなんて……そんなことをぐるぐると考え続けて。  それを千紘は、ほんの少しの言葉で救ってくれた。 『なぁ誠人。お前が誰かを愛するのは怖い、でも誰かに愛されたいっていうなら――俺がずっと愛し続けるから』  この言葉に俺がどれだけ救われたか――そして、どれだけ支えられているか、きっと言っても伝え切れない。必要とされ続けるのがどれだけ幸せなことか、きっと千紘は分かっていない。  千紘が愛を伝えてくれた日から、初めて呼吸の仕方を知った。肩の力の抜き方を知った。幸せの感じ方を知った。他人を意識しない笑い方を知った。それから――  千紘には、数え切れないくらいの『初めて』を教えてもらった。  俺ばっかり色々ともらって、一つくらい俺が初めてをあげないと、不公平だ。だから、千紘にあげられて良かった。 「本当に?」  千紘は不安げに尋ねる。  その自信のなさはきっと、俺を本当に信じたいってことの、俺が大切だってことの、裏返しだ。それが分かっているから、俺は何度だって肯定してみせる。 「本当に」 「……この関係ってずっと、続くかな」  俺がこんなことを言ってしまうのも、千紘が大切だってことの、裏返しだ。千紘もそれが分かっているのか、笑って肯定した。 「誠人が心変わりしない限り、続くだろ。俺はずっと好きだから」 「じゃあ続くね」  千紘は即答されたのが意外だったようで、何度か瞬きをした。その後、嬉しさが滲み出たような笑顔を見せた。

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