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1こころの真ん中には

「ホームルームで櫻祭の準備? うちの学園、夏休み前から準備するほど文化祭が盛んだったっけ?」  俺がホームルームの始まる前、そう渉に尋ねると、渉は呆れたように聞き返した。 「もしかしてお前、この櫻宮学園について何も調べずに入ってきた?」  俺は、何もってほどじゃないけど、とお茶を濁した。実際、男子校ということと偏差値がちょうどよかったこと、家から近いこと、その三点しか調べていなかったが。  渉はため息を一度吐き、説明してくれた。 「あのな……櫻祭ってのは、文化祭だけのことじゃねーの。体育祭、舞台祭、文化祭、それら全部合わせて櫻祭なんだよ。うちの学園じゃ一週間でまとめて三つやるから、やり方とか盛り上がり方とかが他の学校とは全然違う――って、学校説明会とかで言ってるはずなんだけど」 「一週間でまとめて三つ? そんなんどうやってやるんだよ」  渉は、嘘だろ、と目を剥いた。「平太、逆に何を基準にしてここ選んできた訳?」そう信じられなそうに問いかけた。 「いや……家から近い男子校で偏差値もちょうどよかったし、ここでいいかなって。だから一回も学校説明会行ってねえ」  渉は、面倒くさがりもここまでくると清々しいな、と呟いた。 「九月の終わりか十月の初めに櫻祭ウィークってのが設定されてて、月曜日に体育祭やるじゃん? で、水曜日に舞台祭、金、土、日曜日に文化祭やって、間の火曜と木曜は準備片付けをやんの」 「随分とハードなスケジュールだな。面倒くせえ」  苦い顔で言うと、渉は「ここ選んだお前の責任な」と肩をすくめた。  ホームルームが始まった。議題は、舞台祭についてだった。 「舞台祭ってさ、一クラス一つ劇とかやんの?」と聞きながら後ろの渉の席を振り向くと、渉はまたため息を吐いて答えた。 「一クラス一つじゃなくて、一チーム一つ。中等部と高等部まとめて縦割りで、チームとチームカラーが決まってんの。体育祭と文化祭の順位もそのチームごとに競うんだよ」 「……それ、すっげえ人数になんだろ」  渉はご名答、と笑った。一チームは大体、二百四十人だぜ、とも。 「……その二百二十人、全員劇出るのかよ?」  顔を引きつらせると、渉はんな訳、と笑い飛ばした。ということは、その中から何人か選ぶんだろう。 「俺には関係ねえな」思わず、呟いた。  二百二十人の中からわざわざ、俺を選ぶ酔狂な人間はいないはずだ。なら舞台祭とやらは、せいぜい小道具作りを手伝う程度だろう。 「さて……舞台祭の劇についてだけど、各学年の四組――赤チームの、各学年のクラス委員長と話し合いをした結果、今年はこの劇をすることになった」  クラス委員長の巴柚葉(ともえゆずは)はそう全員に呼びかけ、黒板に何かを書き込んだ。  巴は、ほとんど関わりがなかったと言っても、唯一の同中だ。だからこの学園では、俺の中学時代を知っているただ一人の人物だった。  巴は中学生の時も、体育祭実行委員をしていた。だからきっと、行事が好きで責任感の強い人物なんだろう。  黒板に書き込まれた文字は、ハムレットだった。

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