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2こころの真ん中には

 これはまた、随分と面倒な劇を選んだものだ。俺はそう思った。 「内容を知らない人は……」そこで巴は周りをぐるりと見渡し、苦笑した。「いるみたいだから、一応簡単に説明しておこうか」  巴は難しいその話を、噛み砕いて簡単に説明した。その説明を聞いて、巴は古典文学が好きなんだろうと感じた。 「ハムレットっていうのはデンマークの王子のハムレットが死んだ父親の亡霊と出会って、実は父親は叔父と母に殺されたことを知り、狂ったふりをしながらも復讐を遂げる話だ。ロミオとジュリエットを書いた作者、シェイクスピアの四大悲劇のうちの一つだよ」  すると不意に「そんならロミジュリじゃ駄目だったのかよ」と声が飛んで来た。巴は苦笑の色を濃くして、答えた。 「一組の青チーム――小深山先輩のチームがロミジュリを希望してて、譲らざるを得なかったんだ」  すると全員が納得した顔で、ああ、と呟いた。  俺は思わず苦い顔になった。もうその名前はあまり聞きたくない。 「で、まだ仮決定の段階なんだけど、配役はこんな感じの予定。本人が拒否したら、変えなきゃいけないんだけど」  そう言い、巴は黒板に役名を書き始めた。そしてそこに点線を引っ張り、下に名前を書き込みながら、読み上げた。 「主役ハムレットは、高二の前園先輩。恋人オフィーリアは中二の滝瀬。親友ホレイショーは中三の樋本。ノルウェーの王子フォーティンブラスは高一の名元。それから――」  巴が滔々と読み上げる。それを聞きながら渉が、俺のことをつついた。 「主役、お前の愛する先輩だってよ」 「先輩、人気あるし何でもできるからな。そりゃなるだろ。ていうか、ここ男子校なのにオフィーリアとかどうすんの、女装?」 「それ以外何があるんだよ」  俺が眉をひそめると、そう渉は笑い飛ばした。  それは、笑い飛ばせるほど普通なことなんだろうか? 俺自身も男子校の環境に慣れ切ってしまったため、普通がよく分からない。 「……という配役なんだけど、名元は演劇部だし、フォーティンブラスの役を頼んで構わない?」  俺の席からずっと離れた、入り口側に座っている名元は任せといてよ、と頷いてから首を傾げた。 「僕がフォーティンブラスをやるのはいいんだけど――オフィーリアの兄のレアティーズの配役を言ってなくない?」  言われてから黒板を見ると、レアティーズと書かれた下だけ、名前が書き込んでない。確かに、という声がいくつか漏れる。まだ決まっていないのだろうか。  巴はそれを聞いて、よく聞いてくれたとばかりに頷いた。 「そう、一応満場一致で決まったんだけど、なかなか言い辛くて……ほら、レアティーズって主役のハムレットが妹と父親の仇で、最後のシーンでハムレットと剣術大会で戦うだろ? だから――」  巴は躊躇うように少しの間口をつぐむと、意を決したように続けた。 「ハムレットとレアティーズは、カップル同士でやらせたら面白いんじゃないかって」  ハムレットとレアティーズはカップル同士でやらせたい、か。ハムレットの役は真空さんだからつまり―― 「……は!? それってまさか俺?」  半笑いで尋ねるが、真剣な顔で巴は首肯した。 「オフィーリアでもよかったんだけど、オフィーリアってハムレットに無下にされて狂って溺死しちゃうから、縁起が良くないだろって」 「いやそんな気遣いいらねえから! そんな気遣いするくらいだったら俺に役振るなよな……小道具係とかやりたかったのに」  俺はそうぼやいたが、誰かが「面白いんじゃね?」と呟いたことを皮切りに、少しずつざわつき始めた。 「あーかつか! あーかつか!」  終いには明塚コールが始まった。全員ノリノリだった。これだから男同士のノリは面倒だ。面白がって色々と盛り上げてしまう。 「……あーもう、やればいいんだろやれば!」  そう自棄になって叫ぶと、わっと沸いた。俺はこれから背負わなきゃいけない苦労を悟って、思い切りため息を吐いた。

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