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3こころの真ん中には

「さて……舞台祭の劇についてだけど、各学年の四組――赤チームの、各学年のクラス委員長と話し合いをした結果、今年はこの劇をすることになった」  俺はそう言いながら、黒板に『ハムレット』と書き込んだ。 「内容を知らない人は……」そこで俺は周りをぐるりと見渡し、苦笑した。ハムレット? と言いたげな表情の生徒が何人かいたからだ。 「いるみたいだから、一応簡単に説明しておこうか」  そう言って俺は、極力分かりやすく簡単に説明した。 「ハムレットっていうのはデンマークの王子のハムレットが死んだ父親の亡霊と出会って、実は父親は叔父と母に殺されたことを知り、狂ったふりをしながらも復讐を遂げる話だ。ロミオとジュリエットを書いた作者、シェイクスピアの四大悲劇のうちの一つだよ」  すると不意に「そんならロミジュリじゃ駄目だったのかよ」と声が飛んで来た。俺だってロミジュリの方が分かりやすくてよかったが、 「一組の青チーム――小深山先輩のチームがロミジュリを希望してて、譲らざるを得なかったんだ」  すると全員が納得した顔で、ああ、と呟いた。  不意に、明塚の顔が目に入る。明塚の顔は苦い表情だった。小深山先輩の名前が出たからだろう。  そのまま見ていたら目が合ってしまいそうで、慌てて目を逸らして話を戻した。 「で、まだ仮決定の段階なんだけど、配役はこんな感じの予定。本人が拒否したら、変えなきゃいけないんだけどね」  そう言い、俺は黒板に役名を書き始めた。そしてそこに点線を引っ張り、下に名前を書き込みながら、読み上げた。 「主役ハムレットは、高二の前園先輩。恋人オフィーリアは中二の滝瀬。親友ホレイショーは中三の樋本。ノルウェーの王子フォーティンブラスは高一の名元。それから――」  読み上げていたら、前の方の席だからか、明塚と加賀美の会話が聞こえてきた。思わずそっちに意識をやってしまう。 「主役、お前の愛する先輩だってよ」 「先輩、人気あるし何でもできるからな。そりゃなるだろ。ていうか、ここ男子校なのにオフィーリアとかどうすんの、女装?」 「それ以外何があるんだよ」  オフィーリアの話が出て、ふと明塚がオフィーリアをやったら、と考えて赤面した。――明塚は顔立ちが綺麗だから、似合うに決まってる。  そんなことをどこかで考えながら説明していると、レアティーズ以外はもう説明し終えていることに気が付き、慌てて名元の方を向いた。  レアティーズは明塚、と決定していたが、どうにも言いにくかった。接点はなかったとはいえ、明塚が面倒なことは嫌いだということは知っていたので、嫌がることは目に見えていたからだ。 「……という配役なんだけど、名元は演劇部だし、フォーティンブラスの役を頼んで構わない?」  運動部ではなく演劇部なだけあって柔らかい雰囲気の名元は、任せといてよ、と頷いてから首を傾げた。 「僕がフォーティンブラスをやるのはいいんだけど――オフィーリアの兄のレアティーズの配役を言ってなくない?」  俺はそれを聞いて頷いた。 「そう、一応満場一致で決まったんだけど、なかなか言い辛くて……ほら、レアティーズって主役のハムレットが妹と父親の仇で、最後のシーンでハムレットと剣術大会で戦うだろ? だから――」  躊躇って少しの間口をつぐんだが、意を決して続けた。 「ハムレットとレアティーズは、カップル同士でやらせたら面白いんじゃないかって」 「……は!? それってまさか俺?」  半笑いで尋ねる明塚。  目が合ってしまい動揺したが、何とか押し隠して俺は首肯した。だが動揺を引きずってたせいか、おかしなことを口走ってしまった。 「オフィーリアでもよかったんだけど、オフィーリアってハムレットに無下にされて狂って溺死しちゃうから、縁起が良くないだろって」 「いやそんな気遣いいらねえから! そんな気遣いするくらいだったら俺に役振るなよな……小道具係とかやりたかったのに」  こんな状況だったが、今明塚と会話をしていることがとても嬉しかった。最後に明塚と会話をしたのは入学式の日以来か、と思い返し、こみ上げてくるにやけを必死に押し殺した。  明塚はそうぼやいたが、誰かが「面白いんじゃね?」と呟いたことを皮切りに、少しずつざわつき始めた。 「あーかつか! あーかつか!」  終いには明塚コールが始まった。その雰囲気に飲まれたのか、すごく嫌そうな顔で明塚は叫んだ。 「……あーもう、やればいいんだろやれば!」 「明塚、本当にレアティーズ役をやってもらえる?」  明塚に話しかけている、ということで舞い上がる自分に落ち着け、と必死に言い聞かせて、できるかぎりの落ち着いた声を出した。明塚は渋々ながら頷いた。 「じゃあ名元と明塚は放課後、ちょっと残って。衣装のサイズが合うかどうかだけ確認しなきゃいけないから」  名元が素直に頷いたのと対照的に、明塚は「……マジで?」と顔を引きつらせた。 「マジで。でもどうせ、前園先輩も残ってるから」  そう言うと明塚は、ああそっか、と素直に頷いた。  時計を見上げて、思ったより時間を食ってしまったことに気付いた。これでは、体育祭と文化祭のことはできそうにない。  だから俺は、 「じゃあ今日のホームルームはこれで終わりにするから、今週の金曜日までに、文化祭で何がやりたいかって意見と、体育祭で何の種目に出たいかを俺に伝えてね」  と締めくくって席に戻った。

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