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5こころの真ん中には
その時の俺は、他人が怖くて仕方がない根暗な生徒だった。そのずっと前は今のように、はきはきと人前で話せて、行事などの盛り上がることが好きな生徒だったが。
人格が変わってしまったのは、小五、小六の辺りから何となく始まった無視と、中学校に上がりそこから発展した、いじめによるものだった。
そうなった理由は、『男なのに本ばかり読んでいて暗いし気味悪い』という、今考えると理不尽極まりないものだった。
本が好きで何が悪い――なんて声は掻き消されるくらいに、『周りの雰囲気』の力は強大だった。
誰かと話したいのに誰も話してくれないから本を読む、そうするとまた陰で言われる、だけど本を読むしかなくて読書に逃げ込む、するとまた……そんなことの繰り返しで。
耐え切れなくなって二年生に上がったのをきっかけに、遠くの中学校に転入した。そこで初めて話した相手が、明塚だった。
きっかけは何てことはない。きっかけは、転入直後、朝礼で紹介される前に校長室に行かなければいけなくて、そこへ向かう途中、走っている明塚とぶつかったことだ。
ぶつかっただけならまだよかった。だけど俺のバッグが空いていたみたいで、中から本が転がり落ちた。その本のタイトルは、こころ。
すっと血の気が引くのを感じた。脳裏にいくつもの声が蘇る。
『あいつさあ、隅っこで変な本ばっか読んでてマジキモいんだけど』
いじめが始まったきっかけの一言だった。派手な女子生徒の嘲笑うような低い声が、耳の中を反響して止まらない。
『いるだけで雰囲気暗くなるから消えて欲しいよね』
それに笑い交じりの女子生徒の声が重なって聞こえる。その友達が便乗した言葉だった。ただの便乗だったのに、それがわっとクラス中に広がった。
『あいつみたいな空気悪くするやつ、さっさと死んじゃえばいいのに』
教室中に響くような男子生徒の声と教室中の笑い声がさらに重なる。接点のなかった男子生徒まで、そんなことを聞こえよがしに言うようになった。
『うわっ、近寄っちゃった。根暗が移るわ』
面白がるような男子生徒の声も耳の奥で響いた。いつの間にかそれは、他クラスにまで広がっていた。
またあれの繰り返しか。そう思うと、それを拾うために伸ばした手が自然と震えた。
ぶつかった彼が、落ちた本にじっと目を凝らす。あの時の、足場が急に崩されて、底の見えない闇に落ち続けるような、そんな感覚がどんどんと蘇ってきた。
「うわ、これ夏目漱石じゃん」
そんな声が聞こえた。どっと冷や汗が出てくる。その先の台詞は聞きたくなかった。胃液が喉の方までせりあげてくる。
彼がその本に手を伸ばす。投げつけられるかもしれない。投げつけられて、笑われるかもしれない、蔑まれるかもしれない。そう思い、反射的に目を固く瞑った。
しかしそのあと聞こえた台詞は、思っていたものと全く違った。
「お前すごいな、こんな難しい本読んでて」
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