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7こころの真ん中には

「……結局全部話してんじゃねえか。お前よくおんなじ話して飽きねえよな」  うんざりといった顔で倫太郎がため息を吐く。 「だって、明塚がかっこいいから」  多分意味合いは違ったけれど、俺も思わずため息を吐いた。  叶わないから、なんて悩む時期はとうの昔に過ぎ去った。叶うか叶わないかなんて関係ない。明塚が好きだというその気持ちだけで十分だ。 「……柚葉だって十分かっこいいっつの」  倫太郎が何かをぼそっと呟いたが聞こえず、何? と首を捻った。すると、あろうことか頰をつねられた。 「いって! 何だよいきなりつねって!」 「つねってほしいって顔に見えたから」  謝りもせずにしれっと言ってのける倫太郎。悲しいことにこれもいつものことなので、俺は追求するのをやめた。 「本当さ、何で明――」突然、思い切り机の下で足を踏みつけられる。  いった、と声を上げて倫太郎を睨むと、弁当から顔を上げた先に明塚がいた。  いきなりのことで頭が追いつかない。言葉も出ない。 「巴、そういや台本とかってまだない?」  名前を呼ばれた。初めてかもしれない。だけど嬉しく思う余裕なんてなくて、聞かれたことをしどろもどろに答えた。 「えっと、うん、まだ作れてない。でも、小説なら持ってるけど、読む?」  明塚は顔を明るくして「いい?」と問いかけた。間近で笑顔が見れてようやく、嬉しいという気持ちが沸き起こってきた。  近くで見る明塚の笑顔は、遠くで見るよりずっとかっこいい。心臓が音を立てて鳴るのが止まらない。 「ちょっと待ってね、今日持ってたはず……あった、はい」  そう言いながら本を差し出すと、サンキュ、と明塚はそれを受け取った。受け渡す時に軽く手が触れた気がして、心臓が一際大きく鳴った。 「巴さ、やっぱ文学好きだろ?」  その本の表紙を見ながら、明塚がふと呟く。 「え? 何でやっぱ?」 「ほら、ホームルームの時の説明分かりやすかったし。……あああと、お前転入してきた時、夏目漱石だっけ? の小説持ってたじゃん」  どきんと胸が高鳴る。明塚は忘れてるとばかり思っていたのに、まさか覚えていてくれたなんて。  俺は震える声で、小さく呟いた。 「……覚えてたんだ」 「まあな。俺あの時すげえびっくりしてさ。中二で夏目漱石読むとか頭良すぎかよ、みたいな」  明塚に頭が良いと覚えていてもらえるなんて。ああ何だか――嬉しくてそのまま空まで舞い上がってしまいそうだ。 「サンキュな、これ」明塚はそう本を示すように振ると、思い出したように尋ねた。「又貸しってして大丈夫?」 「う、うん! 全然大丈夫。台本を全員分印刷し終わるまで持ってていいよ」  明塚は、お前良いやつだな、と呟くと、ありがとな、と笑って自分の席に戻っていった。 「……はあぁ」  顔を抑えて今日何度目かのため息を吐くと、倫太郎に呆れたように鼻で笑われた。 「かっこいいね、明塚」 「俺に同意求めんなよ」  思わず零すと、倫太郎はそう舌打ちをした。 「ねえ、俺のこと明塚覚えてたね。何か、もう……待って、言葉が本当に出てこない」 「ご自慢の語彙力はどうした」  倫太郎にそんなことを言われても、どうしようもない。この、ふわふわと宙に浮き上がってしまいそうな嬉しさと、胸に沁みるような幸せとを表現する方法が見つからないんだから。 「てか、俺が足踏まなかったらやばかっただろお前」  不機嫌そうな顔のまま、ぼそっと倫太郎は言う。 「うん、ありがとう」  倫太郎の優しさはすごく分かりにくい。実際の人間じゃなくて活字の上での人物とばかり触れ合ってきた俺はなおさら、その優しさを見つけるのが大変だった。  何故だかは分からないが、倫太郎はすごく不機嫌そうだった。倫太郎はそのまま、吐き捨てた。 「柚葉は明塚のおかげとか言ってるけど、あんなの思うの普通だし、俺が明塚でも同じこと言ってる」  それでも俺にとっては普通じゃなくて、奇跡のようなことだった。だけど倫太郎がそう言ってくれるのは嬉しかった。 「そう? ありがとう」  倫太郎はそれを聞いて、なおさら深くため息を吐いた。 「お前本当……何なの? 馬鹿なの? 鈍感なの?」 「え? 何が?」 「……もういいお前死んどけ」  倫太郎はいきなり拗ねて、口を利いてくれなくなった。分からない。やっぱり倫太郎は分からなかった。

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