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2潮の満ち引き

「謝らないでくださいよ、俺は不幸だって思ってませんから。クソみたいな奴だって本人には散々言ってますけど、いい兄貴もいますし。からかいの度が過ぎる時もたくさんありますけど」  真空さんはそうだな、と呟くと、思い出すように言った。 「平太の話を聞いて色々身構えてたが、いい人そうだったしな」 「そうですね、いい人過ぎて色々自分一人で抱え込むのは悪いところですけど」  そう答えてから、付け加えた。 「もちろん、本人には絶対言いませんけどね」 「素直じゃないな」 「仕方ないですね、反抗期です」  しれっと言ってのけてから、思った。――ああ、俺にとって兄貴は、保護者のような存在でもあるな。 「しかし、お盆か……ていうことは、夏休み中に誕生日があるのか」  真空さんは、不意に俺と目を合わせて、微笑んだ。 「誕生日を祝うのを兼ねて、八月十四日にデートに行かないか」  そんな提案をされるのが嬉しくて、俺も笑い返した。 「いいですよ。どこで何します?」 「平太の誕生日なんだから、平太の行きたいところでやりたいことを。平太はどこに行きたいんだ?」  そんなことをいきなり問われて、焦った。俺の行きたいところ、やりたいことは何だろうか。  考えてみれば、好きなものも趣味も、俺には何一つない。ただ平穏に日々を過ごすことばかり考えていて……一体俺は、何を楽しみに今まで生きていたのか。  真空さんと出会う前がよく思い出せない。それくらい、出会うまでの時間が味気なくて、出会ってからの時間が濃厚だった。  すっかり困り果ててしまい、視線を彷徨わせた。だけど結局一つの答えしか浮かばなくて、呟いた。 「……ラブホ?」  真空さんは、えっ? と素っ頓狂な声を上げた。頰が一気に赤くなる。  ふざけた訳でも何でもなく、本当にそれしか思い浮かばなかった。こんな真空さんが見たいからここに行きたい、あれがしたい、と思うことはあったが、純粋に自分がしたいことと言われると、分からなかった。 「すみません、それ以外ですよね。……何かあるかな」  俺は必死に頭を悩ませた。考えて考えて、ふとある思い出が頭に浮かんだ。懐かしくて、暖かい思い出が。 「……一つだけ、行きたいところがあります。ちょっと遠いんですけどいいですか?」

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