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5潮の満ち引き
一番暑い時間帯は過ぎたからか、辟易するほどの暑さはうっすらと汗をかく程度の暑さに落ち着いた。
少し先から、透き通った波の音が聞こえる。微かに潮の匂いもした。
「あ、真空さん。そこの階段から波打ち際に降りられますよ」
少し歩いた先にあった階段を、真空さんが通り過ぎようとしていたので、慌ててそう声をかけた。真空さんは、本当だ、と呟くと、いそいそと階段を駆け下りていった。
降りた先には、視界いっぱいに広がる青い海があった。海の、緑色を帯びた深い青色と、青一色に澄み渡った空と、白く照らされた砂浜の、コントラストが綺麗だった。
「綺麗だな」
しばらく無言で眺めた後、俺の方を振り向いて真空さんが言った。そうですね、と答えてそっと手を絡ませると、真空さんは途端に笑みを零した。
潮の香りとその海の景色が、懐かしく感じる。ここにも兄貴と来たな、なんて不意に思い出した。
『俺らさあ、何やってんだろうね』
それは、小さい子供みたいにひとしきり波打ち際で騒いだ後、兄貴が苦笑して呟いた言葉だった。
『本当だよ。俺もう中学生だし、兄貴なんて高校生だろうが』
苦笑交じりに返した。しかし兄貴は、その場にすとんと座って、笑った。
『まーいっか。楽しかったし』
つられて俺も座って、笑った。
『いつぶりだろうなあ、愛想笑いじゃなくってこんなに思いっ切り笑ったのって』
兄貴は遠くの水平線に視線を向けていた。その目はどこか寂しそうだった。
『寂しい奴だな』
少し馬鹿にするように言うと、兄貴は不服そうに眉を寄せた。
『お前だって同じようなもんだろうが』
『そりゃそうだけど……兄貴ほど寂しい奴じゃねえよ』
何か言い返すだろうと思っていたが、兄貴は『まあそうだね』なんて呟いた。
『俺らってさあ、一生こんな寂しい奴なのかな。本気で好きな人をずっと見つけられないまんまでさ』
兄貴に似合わず感傷的なことを言うので、思わず笑ってしまった。
『兄貴がセンチメンタルとか、らしくねえな』
『波打ち際にいるんだから、センチメンタルにもなるって。ほら、日がもう少しで暮れそうだし』
『兄貴はいつか、誰か大切な人ができると思うけどな。ヤリチンでもいいから、って人が』
俺はできないと思うけど、と心の中で付け加えた。
平穏に暮らすことだけが望みの俺に、相手ができるはずがない。俺はこの時、そう思っていた。
『平太こそ、恋愛に興味がないとか言いながらいつか、しれっと相手作ってそう』
対する兄貴は、真剣な表情でそう言った。兄弟揃って似た者同士だと思った。
『……いつかさぁ、ここに好きな人と来たくない? そんなものできる気がしないけど』
兄貴はそう笑った。寂しそうな影を孕んだ笑顔だった。
『確かに、兄弟でここ来るって何か違う気がするしな。……できるかなぁ』
俺も笑い返した。俺の笑顔も、兄貴のような寂しさを含んだものになっているのだろうか。
『さあ、どうだろうねぇ』
兄貴はそう投げやりに呟くと、立ち上がって、帰ろっか、と提案した。俺も頷いて、立ち上がった。
ここには、そんな思い出があった。その時は、お互いに本当に相手ができるなんて、夢にも思っていなかった。
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