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7潮の満ち引き

『俺らってさあ、一生こんな寂しい奴なのかな。本気で好きな人をずっと見つけられないまんまでさ』  不意に、兄貴の寂しげな声が蘇る。  あの時は、一生本気で好きになれる人はできないと思っていた。そのうち無難な相手と結婚して、特に起伏のない平凡な日常を送るのだとばかり。  そう思っていたし、そうであろうとも思っていた。なのに――心からの愛しさを知ってしまった。  何事もなく平穏無事に過ごすことしか考えて来なかったのに、今じゃ起伏ばかりで、だけど今までにないくらい充実していた。  きっと、無気力な俺は真空さんの存在に救われているんだろう。真空さんがいるから、生産性のない日常に意味が生まれているんだろう。  そう考えて、ふと恥ずかしくなった。……本当に、綺麗な海は人を感傷的にする。  ずっと手放したくない。他人に対してこう思うのは初めてだった。  だからこそ、先が怖かった。出会いがあれば別れもある、なんてよく言う言葉だが、もし真空さんと別れる日が来たら、その後はどうやって歩いていけばいいか分からない。  そんな思いすら、いつかは薄れてしまうのだろうか。いつかは飽きが来てしまうのだろうか。 「真空さん、俺、怖いです。いつかマンネリ化して、冷めて、挙句別れる日が来ちゃうんじゃないかって心配なんです」  そんな日が来るのだとしたら、今日この時のまま時間が止まってくれればいい。そんなことを真剣に思った。 「……少なくとも、俺の気持ちはずっと変わらないが」  いきなりそんなことを言う俺に戸惑ったのか、少し困惑気味の声色で真空さんは言う。 「それも分からないじゃないですか。もしかしたらいつか……すみません、今言うことじゃないですけど、今が幸せだから、怖くなって」  真空さんは、安心させるように微笑んだ。 「いつか冷める時が来ても、構わないだろう。きっと、冷める時が来てもまた、大切さに気付く時が来る」  真空さんは不意に海に視線をやると、続けた。 「潮の満ち引きみたいに、引いてもまた満ちる時が来るはずだから」  しばらくして、少し恥じるように小声で「……俺、恥ずかしいこと言ったか?」と尋ねた。 「言いましたね。でも、海の前でくらい、感傷的になってもいいじゃないですか」  俺は微笑み返した。抱き締めていた腕を解放すると、真空さんは体を離して、俺の手を軽く握った。俺はその手を握り返して、海を眺めた。  足元をくすぐるように波が寄せたり返したりする。日が傾きかけて、オレンジ色の混じった光を海が、きらきらと反射していた。  もうすぐ、日が暮れそうだった。

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