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2その笑顔が向けられるのは
「うわぁ……! 見てよほら、海だよ!」
きらきらした笑顔ではしゃぐ和泉は、本当に可愛い。高校生とは思えない。
「そりゃあ……海来たしな」
普段通りの顔で冷めたことを言う平太なんかの、何十倍も可愛い。少しははしゃげよお前、と思わず心の中で呟いた。
「それは分かってるけどさ、やっぱりテンション上がっちゃうじゃん、ね?」
そのきらきらした笑顔で、和泉はいきなり俺の方を見た。俺は突然会話を振られて驚いて、「え? あ、うん、上がっちゃう」なんて、歯切れの悪い返答しかできなかった。
「ほらぁ、渉君だってそう言ってる! 平太君が冷めてるんだってばー」
わざとらしく頰を膨らませて、和泉が平太の方を見た。その顔は、俺は横から見ているだけなのに、どきっとするほど可愛かった。
なのに平太は動じる様子一つ見せず、苦笑しながら答えた。
「冷めてねえよ。ただ……ここの海から通ってた中学近いから、知り合いに会ったらどうしようかな、とは思ったけど」
その言葉を聞いて、ふと疑問を感じた。
確かにこの海は、平太の家からさほど遠くない場所にある。とは言っても、電車で三駅くらいだ、徒歩で行ける距離とは言い難い。
なのに、ここの海から通ってた中学が近いとは、どういうことだろうか。平太の家のすぐ近くに、中学校はあったはずだが。
「え? 確か、平太君の家のすぐ近くに中学校あったよね? そこじゃないの?」
俺が聞きたかったことを、和泉はそう平太に尋ねた。和泉も同じことを疑問に思ったんだろう。
平太は「あー……」と気まずそうに口ごもると、言葉を濁した。
「色々あって、ここら辺の中学まで電車で通ってたんだよ」
それ以上は聞いちゃいけない気がして、俺は口を閉ざした。何となく重い雰囲気になる。
だが、和泉がすぐ笑顔に戻ると、明るい声で
「まあそれはそれとして、早く水着に着替えて泳ごーよ!」
なんて、俺と平太の手を引いて、走り出した。
「あっ馬鹿、引っ張るなよ! 腕痛えって」
「待てって早えよ! ストップストップ!」
慌てて俺と平太が言っても、和泉は気にも留めなかった。
どころか、悪戯っ子みたいな笑みで「二人が遅いのが悪いんだもんねー」だなんて言ってのけた。
口では文句を言いつつも、平太は楽しそうに笑っていた。俺も同じような顔なんだろう。
きっと和泉は、重い空気を敏感に感じ取って、そんな行動に出たんだろう。そうすればすぐ、明るい空気に戻ると思って。
だとすれば和泉は本当に、すぐ周りを明るくする太陽みたいなやつだ、なんて俺は思った。
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