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3その笑顔が向けられるのは
水着に着替えた和泉は、全身小麦色に焼けていて健康的だった。既に夏休み中、プールか海かに行っていることが伺える。
「焼けたな」
そう言うと、和泉は少し自慢げに微笑んでみせた。
「ふふん、ちょっとは男らしくなったでしょ?」
「いや……自分でそれ言っちゃうと男らしく見えねーよ」
「えっ、嘘!」と驚く和泉を尻目に、水着に着替えた平太が俺の肩に手をかけた。
「そういうお前だって黒いじゃねえか。いや元からか」
「うるせー、気にしてんだよこっちは!」
地黒な上に焼けやすい体質で、俺は昔からそれを気にしていた。夏休みが空ける度に、特にどこにも行っていなくても『沖縄行った?』と聞かれるのはうんざりなのだ。
「いいじゃん、男らしくて」
にやつきながら言う平太。
そんなことを言われても、平太の方が顔も体つきも男前だ。何より――ソレも、あくまで水着の上からだが、男前な大きさに見える。
「お前に言われたくねーよ平太」
すぐにソレから目を離したが、平太には見抜かれたようだ。平太はより意地の悪い笑顔に変わって、からかうように言った。
「まあまあ、大事なのは大きさじゃねえから。相手との相性が第一だろ。な?」
「お前本当にぶっ飛ばしてやりてえ」
そんな話をしていても、和泉はきょとんとした顔をしていた。天然だろうか。
しかししばらくして「ああ!」と納得のいった声を上げ、俺と平太の下腹部をちらっと見比べて「あぁー」と得心顔で頷いた。
「なあ、和泉まで俺に喧嘩売ってんの?」
「え? あ、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ、ただ話の内容に納得したから」
和泉にとどめを刺された。天然だから仕方ないと思うことにした。
「もうこの話やめようぜ……泳ごう」
和泉は輝くような笑顔になって、頷いた。平太はというと、にやにやした顔のまま、はいはい、と頷いた。
「馬鹿、水かけんなって」
いの一番に海に飛び込んだ和泉は、最後に海に入った平太に、ばしゃ、と水をかけた。平太は軽く咳き込みながら、苦笑した。
「へへ」と楽しげに笑う和泉が可愛くて、反則だと思った。だけど、その笑顔がこっちに向いていないことなんてよく分かっていた。
「変なところで子供っぽいよな、和泉。普段はしっかりしてるのにな」
平太はそう笑いながら、つんと和泉のおでこを人差し指でつくと、さっさと泳いでいってしまった。
和泉の顔は、心なしか赤かった。今の動作に照れているのだ――なんて分かってしまう自分が、恨めしかった。せめて自分が鈍感だったら、もっと楽だったろうに。
「子供っぽくないもんねー!」
和泉はその少し赤い顔のまま、きらきらした笑顔で平太を追いかけた。俺は、動けずにその場に立ち尽くしていた。
どうしよう、俺が誘ったことなのに、俺が一番邪魔に見える。和泉はすごく楽しそうだ。きっと、俺がいてもいなくてもそれは変わらない。平太と海に来れていることが嬉しいんだろう。
だったら俺は、邪魔をしないべきか? このまま俺がいない方が、和泉は楽しいのかもしれない。
なんだか惨めなような情けないような、そんな気分になる。
俺は単純に和泉と海に来たかった。だけど和泉は俺と二人じゃ来ないかもしれないと思って、平太も誘った。そしたらこの有様だ。
俺は海まで来て、平太には勝ち目がないことを思い知ることしかできないのか。
「……渉君? 泳がないのー?」
少しして、きょとんとした顔で和泉が振り向く。その少し先からも、平太が俺に呼びかけた。
「おい渉、お前が泳がなかったら来た意味ないじゃねえか」
二人の顔は至っていつも通りで、悩んだ自分が馬鹿みたいだった。
「泳ぐに決まってんだろ!」
俺は慌てて笑顔を浮かべて、二人を追いかけた。
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