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6その笑顔が向けられるのは
「ねー、かき氷食べよーよ!」
食べ終わって間もなく、和泉が言った。隣の店でかき氷が売っているのを覚えていたんだろう。平太は苦笑して首を振った。
「俺はいいや。かき氷って頭がキンとして苦手だから。俺はレジャーシート敷いた場所にいるから買いに行ってくれば?」
「分かった! 渉君は?」
「俺も食う!」
そう言いながら立ち上がると、お前もかよ、と平太が苦笑した。
「……ねえどうする? ここのかき氷、八百円だって」
メニューを見ながら、圧倒されたように和泉が呟く。
「……高いな」
「……高いよね」
やめとく? と俺が聞くと、うーんと和泉は悩み出した。悩んで悩んで、ふと「いいこと思いついた!」と声を上げた。
「ね、割り勘して一緒に食べない? そしたら一人四百円でしょ?」
その提案に、一気に心拍数が上がる。和泉は何の気なしにそんなことを言ったのだろうが、そんなことをしたらきっと、ドキドキして食べるのに集中できない。
「嫌? やっぱり一人で食べたい?」
その声に、慌ててかぶりを振って否定した。
「いやっ、割り勘しよーぜ」
その返答に、安堵したように笑った和泉。
「じゃあ味はどうする? せーので言おう! せーのっ! ブルーハワイ!」
「ブルーハワイ!」
また声が重なった。顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。ふわふわした満ち足りた気持ちになる。
「平太くーん! かき氷買って来たー!」
和泉は小走りで平太の元へ駆け寄った。俺はというと、普通のかき氷よりずっと大きなかき氷を持って、その後を歩いていた。
「お帰り……うわ、でけえなそのかき氷」
「でしょー? これ、一個八百円もしたんだよ!」
「じゃあ割り勘?」
平太の質問に、和泉が元気よくそうだよ、と答えた。言いながら、何気なく平太の隣に座った。俺は迷ったが結局、和泉の隣に座った。
「はい」と俺は和泉の方にかき氷を差し出して、ストローのスプーンを一つ渡した。
「ありがと! 先に食べていーい?」
俺が頷くと、和泉は無邪気な笑顔で嬉しそうにかき氷をすくい、口元に運んだ。口に入れた途端、口元が更に綻んだ。
「んんーっ! やっぱ夏はかき氷だね」
こちらまで胸がほっこりするような喜び具合だ。その喜び具合が演技でも何でもなく、心からのものだからなおさら可愛い。
「俺も食べる」とかき氷に手を伸ばして食べると、冷たさと甘さが一気に口の中に広がった。
「やっぱ美味え」
思わず呟いた。その横で和泉が、何かをストローで指差して呑気に言った。
「わ、ねー見て。あの人達チャラそう。あ、だけど皆すごい顔整ってるねぇ」
その先にいたのは、男女五人組だった。二人女子、三人男子で、年齢は同じくらいだろうか。金髪や茶髪がいるのはまだ分かるとして、一人鮮やかな赤髪がいる。確かにチャラそうだ。
「んー? あ、あれか。確かにチャラそ――ゲッ」
平太も呑気に言い返したが、途中で何か気付いたのか、思い切り顔を引きつらせた。そして慌てて立ち上がって、どこかへ行こうとした。
「平太君、何か買いに行くの?」
「あー……」平太は困ったように辺りを見渡した。「……じゃあ俺もかき氷買ってくる」
明らかに怪しい取って付けたような回答だった。何かあの人たちに関する嫌なことでもあるのだろう、と俺は察しをつけた。
だが、和泉は気付かなかったようだ。
「え? 平太君さっき、かき氷苦手って言ってなかったっけ」
「えーと……言ったっけそんなの?」
「言ってたじゃん! だから平太君、一人でここで待ってたんでしょ?」
「じゃあかき氷じゃない別の何か買ってくるわ」
そんな言い合いをしている前で、五人組のうちの一人の女子がふと、こちらを見てもう一人の女子に耳打ちをした。その間ずっと、ちらちらとこちらを見てくる。
その後、その女子が大きく手を振りながらこちらに駆け寄った。
「平太ー! ねえ平太ってばー!」
彼女に背を向けている平太が、ぴく、と表情を引きつらせた。言葉を発することなく口元が『さ、い、あ、く』と動く。
平太の知り合いだろうか。果たして平太はどんな対応をするのか――そう思っていると、平太は想像もしなかった対応を見せた。
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