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7その笑顔が向けられるのは
振り返ってから、まるで顔を引きつらせた平太とは別人のような愛想のいい笑顔を浮かべ、平太は彼女に向かって手を振り返した。
「へーいたっ! 久しぶり!」
彼女はそう言いながら、勢いよく平太に抱き着いた。今度は和泉の顔が一瞬引きつる。
平太は当たり前のように受け止めると、愛想のいい笑顔のまま、言った。
「久しぶりじゃん愛菜、もう卒業式ぶり?」
「そーだよー、愛菜ちょー寂しかったんだからね? 卒業してから何回も遊びに誘ったのに、平太、いっつも断るんだもん」
「はは、ごめんごめん」
平太は爽やかに笑って軽く謝った。
「平太めっちゃ久しぶりじゃーん、あたしのこともぎゅってしてよぉ」
駆け寄ってきたもう一人の彼女のお願いに驚く様子も見せず、「しょうがない奴だな」なんて笑って、何気なく抱き締めた。和泉の顔がまた一瞬引きつる。
「うわ、マジで平太だ」
笑い交じりで赤髪の男子から発せられた言葉に、平太は何気なく女子二人と距離を取ってから苦笑した。
「偽物じゃねえよ、何だその言い方」
状況が飲み込めずに、俺と和泉は思わず顔を見合わせた。
「……誰?」
「知るかよ俺だって聞きてー」
ひそひそと会話をしている俺たちに気付いたか、平太がにこやかな顔のまま、俺たちにこう言った。
「俺の中学の時の友達。中学の時はいっつもこいつらといたんだぜ」
「そーそ、俺らずっと一緒でさぁ。てか、やっぱ平太がいねえと始まんねぇって」
「まあまあ、今こうやって会えたんだしそんな寂しがんなよ」
茶髪の男子が肩を組みながら言った言葉に、平太はにこやかに答えた。
この五人組と話す直前、声を出さずに『最悪』と呟いたやつの表情とは思えない。それを知っているからか、どこか胡散臭い表情に見える。
しかし疑うことを知らない和泉は、明るい声色で「へえ」と呟いた。
「仲良さそうだね、平太君」
「やっぱ分かる? 俺ら平太大好きだから。お前らは……平太の高校の友達?」
金髪の男子がそう尋ねてくる。そうだよ! と和泉は元気よく尋ねた。
「てかさ平太、彼女できた?」
「ばーか、男子校だぜ? 彼女なんてできるかよ」
興味津々といった様子で訊く赤髪に、軽くあしらうように言う平太。それもそうか、と赤髪は頷いた。
その対応で、先輩のことはさらさら言う気がないことが伺えた。……だが、和泉はやっぱり察しが悪かった。
「え? 平太君、先輩と付き合ってるじゃん」
平太のにこやかな表情が、一瞬崩れる。無音で口元だけが『馬鹿野郎』と動いた。それを見て慌てて、和泉が口元を抑える。が、もう遅い。
赤髪以外の五人組全員が、和泉の言葉にわっと沸いた。しまいには、全員が詳しく聞かせろと平太に詰め寄った。
「……話す、話すからお前ら一回黙れ。じゃ、ここじゃなくてお前らの場所で話してやるから連れてけ」
平太はそう音を上げると、俺と和泉に向かって手を合わせた。
「悪いけど、しばらく二人で何とかやっといて」
そのまま平太は彼らに連れて行かれ、俺と和泉は二人きりになった。
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