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9その笑顔が向けられるのは
「ねえ、また行こうね、海!」
帰り道、俺と平太の少し前を歩いていた和泉が、くるりと振り向いて、笑った。後ろで夕日に照らされた海が光る。
平太は、そうだな、なんて噛み締めるように呟き、からかうように含み笑いをした。
「今度は変なチョイスの誕生日プレゼントなしでな」
和泉がさっと顔を赤くして、口を尖らせた。
「だってさぁ……八月の真ん中に夏用のものあげても、すぐ使わなくなっちゃうと思ったんだもん」
平太は、だからって、と呆れたように笑って、すぐにその続きを飲み込んだ。その後、ぽんぽんと和泉の頭を撫でた。
「ま、そこが和泉らしいけどな。ありがと」
和泉は恥ずかしがるように口を尖らせたまま、頷いた。だけど、恥ずかしがる意味は変わっていた。
「平太君、誕生日プレゼントだよ!」
水着から着替えた後、和泉は平太に笑顔でプレゼントの包みを渡した。平太が嬉しそうに包み紙を剥がしたが、途中で表情を固めた。
まさか好みじゃないものが入っていたのか――そう思って何気なく平太の手元を覗き込んで、絶句した。
プレゼント自体は悪趣味なものではない。それは、カジュアルで人気のあるブランドの品で、むしろセンスがいいと言うべきものだ。
――ただ、季節が悪かった。
平太は口元を真一文字に結んでいたが、よく見たら必死に笑いを堪えているように見える。俺だって、笑っては悪いと分かっていながらも、限界が近い。
不安げに和泉が平太の顔を伺う。平太が不意に和泉と目を合わせ、辛抱できなくなったように、ふき出した。つられて、俺まで笑いが止まらなくなる。
「待って……待ってこれ……っくく……これ……待って無理……あっはははは!」
平太がツボに入ったのか、文字通り腹を抱えて笑い転げる。
「何でっ……今、夏……なのに、はははは! 何で……マフラーなんだよ、あはははっ! 無理、腹痛え……くっ、ははは」
そう、和泉が渡したのは、マフラーだった。今は真夏にも関わらず。
和泉は顔を真っ赤にして「駄目?」と訊いた。
「だって……長く使ってもらいたかったから。夏っぽいものだったら、もうすぐ夏終わっちゃうから使わないかなって……」
平太がなおも笑い混じりで、弁解するように言った。
「いや、悪くねえよもちろん。すげえ和泉らしいし、マフラー選びのセンスもいいし、嬉し……ふはっ」
笑いを収めようとしたのか平太は一瞬真顔に戻り、しかしまたふき出した。
「どこで買ったんだよ、今の時期マフラーなんて……っくく」
俺は笑わずに尋ねようとしたが、言葉にしたらなおさら面白くて、笑いが零れてしまった。
和泉は真っ赤な顔で「……通販」と呟いた。その言葉に、平太が堪え切れずまた笑ってしまった。
「わ……わざわざ、通販かよっ……その時点で、気付けよ……っははは」
和泉が少し拗ねたように「いらないならいいっ」とそれを取り上げようとした。が、平太が慌ててそれを頭上に掲げ、和泉が取れないようにした。
そして平太は、弁明するように手を合わせた。
「悪かったって、笑い過ぎた。本当に嬉しいから、な? 嫌って言われても、寒くなったら毎日着けてきてやる。ていうか」
平太は俺の方を見て、にやっと笑った。意地の悪い笑顔だった。
「そういう天然なところが和泉のいいところ、だもんな?」
「ばっ……俺の方見んなよ。まあ、そう……だと思う、けど」
言葉が尻すぼみになったのは、和泉が真っ赤な顔で「本当?」と不安げに尋ねたからだった。俺の方が少し背が高いせいで、和泉がどうしても上目遣いになる。
赤い顔、上目遣い、不安そうな表情――それは、俺をくらっとさせるのに十分なほど、可愛かった。
俺は思わず、目を逸らす。視界の端で、面白がるように平太が笑っているのが見えた。憎たらしいやつだ。
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