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2受験と仕事と卒業と
そうやってこの前のことを思い出していると、窪田さんは苦笑した。
「本当に外でその顔はやめなよ?」
「……そんなにひどいですか?」
「なかなかね。その人のこと、そんなに好きなんだ?」
「好きなんて言葉じゃ言い表せないレベルで好きです。男同士なんで結婚はできないんですけど、今後養子縁組はするつもりで。公表しなければ別にしてもいいですよね?」
俺が真剣に言うと、窪田さんは少し上ずった声で言った。
「……え? それ……は、冗談? じゃなくて?」
「彼の親には挨拶済です。ちゃんと認めてもらってます」
窪田さんはそれを聞いて吹き出した。
「……行動力すごいねぇ!」
窪田さんはその後しばらくくつくつと笑っていた。だがその後、不意に声色を引き締めた。
「まぁ、うちの事務所はタレントのプライベートに極力介入しない方針だからいいけどさ。公になったらとんでもないスキャンダルになることは忘れないで」
それくらいは想像できる。もしそうなったらどうしようか――なんて、考えるまでもない。
「そうなったらこの業界やめるのでよろしくお願いします」
「即答、って嘘でしょ?」
「いや本気です。そりゃあこの仕事は好きですけど、彼と比べると……」
「本当に話を聞けば聞くほど引――驚くよ」
「今引くって言いかけませんでした? ねぇ?」
「いやだって、君まだ高校生なんだよ? いつか心変わりする可能性だって十分――わ、分かった、僕が悪かった、だから後部座席蹴ってくるのはやめて!」
それは半分は冗談だが、半分は本気だ。バレたら即引退なんてことはもちろんしないが、同性同士だ、世間に叩かれまくって干されたらこの業界から身を引くことも視野に入れている。
そもそも、自分がこうやってこの仕事をやれている方が奇跡に近いのだから。
それも、マネージャーに恵まれたのもあるのかな、と思う。窪田さんはいつも親身になって仕事をしてくれる上に、俺のあれこれを受け止めてくれる。彼がマネージャーになって数ヶ月だが、もうすっかり馴染んでしまった。
ただ、仕事熱心すぎて仕事を大量にとってくるのはやめてほしい。今が売り時だからさ、出られるだけバラエティに出て知名度を上げとこう、なんて言わないでほしい。勘弁してくれ。
そんなことを話していたら、ふとバイブ音が聞こえた。スマホを見ると、真空さんから電話が来ていた。
電話に出ることの許可を得てから通話ボタンを押して「もしもし?」と声をかけると、真空さんの声がした。
『あー……電話をかけてから言うことじゃないが、今時間あるか?』
「今ですか? 今は――」
スマホを耳から離しつつ窪田さんにあとどれくらいで着きますか、と聞くと、もうちょっとかかるよ、とのんびりした答えが返ってきた。
「しばらく大丈夫ですよ。どうしました? いきなり真空さんからかけてくるのなんて珍し――あ」
珍しいですね、と言おうとして前に一回あったのを思い出した。
基本的に真空さんから電話をかけてくることはあまりなく、かけてくるとしてもまずかけて大丈夫か確認してからかけてくる。迷惑になりたくないからだそうだ。そんなの気にしなくていいのに。
ともかく、そんなことはほとんどないが、それでも一度あった。一年以上前、俺がバイトばかりで真空さんを構えなかったときのことだ。……あの時のことは、もう思い出したくない。
そんな嫌なことを思い出してしまったせいで、俺は妙に身体が強張ってしまった。
「……あの。俺……何かまずいことでもしました……? いや、真空さんは受験だったし、俺も仕事が立て込んでたし、全く他意はないんですけど……あ、でも、最後に会った日が最後の受験の日なら、あの日から今まで真空さんは暇だったってことになりますよね……あの、だけど――」
『さっきから何の話をしてるんだ……?』
「……何か俺に不満があったとかじゃないんですね?」
『ああ。全然違う。何だっていきなりそんな話になるんだ……』
真空さんの困惑したような声を聞いて、俺はほっとした。
「いや、違うならいいんです。ただ……真空さんからいきなりかけてきたことって一回しかなかったので、驚いて」
『にしたってそんな驚き方――一回? 一回ってもしかして……去年の秋頃の話か?』
肯定すると、真空さんは『ああ……』と気まずそうに言った。
『……迷惑じゃないなら、これからもう少しかけるようにするから……』
「全然迷惑じゃないのでそうしてくれると嬉しいです。不在着信入ってたら必ず折り返しますし」
分かった、という少し意気消沈した真空さんの声を聞いて、申し訳なく思いつつも俺は促した。
「それで、どうしたんですか?」
『あぁ、それが……今日、合格発表で……今結果見てきて……その』
もうそんな時期か、と俺は驚いた。真空さんの声は沈んでいた。まさか、と思って俺は必死に頭を回転させた。
確か、こういう時は下手に慰めると逆効果だったはず。お前に何が分かるんだ、と思ってしまって。だから、静かに話を聞いてあげるのが最適解だったか。
そんなことを考えていたから、続いた真空さんの言葉が信じられなくて俺は「え?」と聞き返してしまった。
『だから……俺、受かってた……』
微かに鼻をすする音がした。沈んでいたと思った声は、ただ泣くのを堪えていたのかと気付いた。
俺は驚いて、ええええ、と絶叫して立ち上が――ろうとしてシートベルトに体を引っ張られると同時に天井に頭をぶつけた。鈍い音がした。
「痛え……」
少し涙目になって頭を抱えていると、ミラー越しに俺の醜態を見ていた窪田さんが噴き出した。忘れてくれ。
『……平太? 大丈夫か?』
「大丈夫です、気にしないでください……本当ですか? 本当に受かってたんですか?」
『ああ。不安になってネットと掲示板両方確認したが、どっちも番号があって……多分、平太のお守りのおかげだと思う。……ありがとう』
「そんな……俺なんて何もしてないです。真空さんの努力の賜物ですよ」
『……だとしても、あの日、平太が来てくれて元気付けられたのは本当だ。あのおかげで力が抜けて、本番で緊張してミスすることがなかったし』
ありがとう、と重ねて電話越しに囁く真空さんに、愛しさがこみ上げてきた。
今すぐ真空さんの元へ走っていって、抱き締めて直接おめでとうって言いたい。どうして俺は今日仕事なんだ。ふざけるな。好きな人に会いたい時に会えない仕事なんて嫌だ。俺まだ高校生だぞ。こんな仕事やめてやる。絶対やめてやる。
「ちょっと明塚くん、全部口に出てるから。お願いだから先走らないで。君みたいな逸材逃したらこっちも大損失なんだよ」
少し慌てたように窪田さんが言う。ただこれは割といつものことなので、いうほど焦ってはいないが。
「……分かってますよ、冗談ですって。そんなことで上手くいきつつある仕事をやめる気なんてないですし」
そう苦笑しつつ、『……さすがに、仕事をやめる必要はないんじゃないか……?』と若干引いている真空さんにも冗談ですって、と答えた。
「とにかく、本当におめでとうございます……! 今日会いにいきますから。絶対。……窪田さん、今日仕事何時に終わるんでしたっけ」
「ええと確か……八時まで撮影だね」
「八時……八時かぁ……大丈夫ですか?」
『ああ。今日は父親がどうしても外せない仕事があって帰ってこれないから……その、今日なら……』
恥ずかしそうに尻すぼみになっていく言葉を聞いて、かっと体温が上がった。
「分かりました、泊まりに行きます。家で待っててください」
ああ、と嬉しそうな声で小さく答える真空さんは、本当に可愛い。この場に真空さんがいればよかったのに。
頬が緩むのを感じながら電話を切ると、ミラー越しに苦笑している窪田さんが見えた。
「……よかったね」
「よかったです。めちゃくちゃ嬉しい……」
「で、嬉しいところ申し訳ないんだけど、そろそろ着くから切り替えといてね」
その言葉にふと窓の外を見ると、確かにテレビ局が近づいてきていた。
なので俺は頷いて、目を閉じて深呼吸した。俺は猫を被るのが上手い方だと自負しているが、意識を切り替えるときはいつもこうしている。
しばらく深呼吸してから目を開けると、窪田さんはちらりとミラーで俺の顔を見て、うわ、と引いたように言った。
「その反応はひどいですよ」
「いや……いつ見ても完璧に切り替えるなぁって。さっきまでデレデレニヤニヤしてたのにさ。同じ顔なのに別人に見えるよ」
自覚はないが、いつも窪田さんがそう言うからそうなんだろう。そういえば、昔渉や和泉にも引かれたことがあった。
俺は苦笑いしつつ、確認のために台本を引っ張り出した。そして意識の外に真空さんを出して、これからの撮影に意識を集中させた。
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