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2あの頃から変われないまま
――幼い頃、真空は僕の憧れそのものだった。
あの頃僕は打たれ弱くて、すぐ泣いてしまっていた。泣いてしまって、周りに笑われて、からかわれて――真空はそんな周りに怒ってくれていた。そして、無言で僕の涙を拭ってくれていた。
真空は周りの子とは違って、何だか大人びているように感じていた。それと運動が人一倍得意で、運動が苦手な僕からしたら、それがすごくかっこよかった。
だけど勉強は少し苦手で、でも真空は『父さんがやれっていうから、やらなきゃいけない』なんて頑張っていた。だから僕は、よく真空に勉強を教えてあげていた。
真空は勤勉で責任感が人一倍強かったから、着実に成績は上がっていって、中学二年生の時にようやく、学年で五番目に入った。
『伊織はすごいな。俺が悩んで悩んで解いた問題をさらっと解いていくんだから』
真空はよくそんなことを僕に言っていて、それが言われたくて、真空に褒められたくて僕はずっと勉強していた。『伊織はすごいな』の一言が聞きたくて、ずっと。
そうだ、思い返せば、真空がいたからこそ今の僕がある。
勉強を頑張ったのは、真空に褒めてほしいから。すぐに他人に譲ってしまうのではなくて自分を貫き通せるようになれたのは、真空は僕をちゃんと認めてくれると分かっていたから。僕が強くなれたのは、真空は僕が甘えても受け止めてくれたから。
多分――いや絶対、真空が幼馴染じゃなかったら、僕はずっと気弱で自分を押し殺したままだった。それははっきりと言える。
『女みたいな顔して、女みたいに泣きやがって。オカマかよ』
たとえ家柄がどうであれ、たとえ知能指数がどうであれ、子供はいつだって残酷だ。少しでも変わった人間がいれば、容赦なく叩く。
僕はその格好の餌食だった。
今もそうだけど、僕は幼い頃は輪をかけて女顔だった。運動をしないから体つきは華奢で、声も高めで、他人から何度も女の子に間違われるような外見だった。その上性格も男らしくはなかった。
多分それが、同じ子供に対して強い違和感を感じさせたんだろう。だからきっと笑われっ放しで、僕はどうしていいか分からずめそめそしっ放しで。
『みんな伊織をいじめるな。かわいそうだろ』
真空だけはそう庇ってくれて、周りを蹴散らしてくれた。時には言い争いになって、喧嘩で負かしていた。
周りを追い払ったあとは大体、何も言わずに真空は僕の涙を拭って、頭を撫でてくれていた。何も言わなかったが『大丈夫だ』と言っているようだった。
その頃からずっと、真空は僕の中で一番大きな部分を占めていた。
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