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3あの頃から変われないまま
『……俺、どうすればいいのかもう分からない』
あれは僕と真空が中三の時。真空は初めて僕に弱音を吐いた。
そんなこと初めてで、僕はどう言っていいか分からず、黙ってしまった。だけど、真空が何を悩んでいるのかはよく分かっていた。親のことだ。
僕の親は、僕が幼い頃ずっといじめられていたことを知っているからか、むしろ甘い方だ。だけど真空の親――母親とは離婚してしまったそうなので、父親だけだが――は相当厳しい。
母親と離婚してしまい、真空が一人息子なので、期待しているんだろうとは思う。実際、真空は優秀だ。
だが、傍目から見てもその期待は重過ぎて、躾は厳し過ぎた。テストの成績がまだあまりよくなかった頃は、家庭教師をつけられ、食事一切抜きで勉強をやらされたこともざらだったという。
その上、家にはあまりいないものだから、親子の仲を深めようがない。真空からすれば父親は絶対で、「とにかく逆らったらいけない人物」でしかなかったのだろう。
真空の父親は大学病院の院長と周りには認識されている。だけど正確には大学病院の院長というより、大学や製薬会社、医療機器メーカーなどを経営する「前園グループ」の会長だ。
真空の父親は会長を継いでもらいたがっていた。実際『お前は人の上に立つ人間なのだから、他人に弱みは決して見せず完璧でいろ』と言われ続けていたらしい。
だけど真空は経営陣側ではなく、実際に医療現場に立つ医者になりたかったという。そこで衝突が生まれた。
『……ずっと俺は、医者になりたかった。子供の時、肺炎が悪化して少し入院した時、見た医者がかっこよくて。だからずっと勉強して、いつか医学部に入ろうと思ってて……だが、父さんは医者にはなるなと言うんだ。つまらない一介の医者じゃなく、お前はその医者全ての上に立つ人間になるんだと』
真空は僕と目を合わせず、淡々と吐いた。その声の調子がかえって、真空の苦悩を強く感じさせた。
『どうしてつまらないなんて言える? 命を救う職業なのに。その医者がいるから父さんはやっていけているのに』
真空は目を伏せたまま、呟いた。
『だけど逆らえない。きっと俺はこのまま、親の敷いたレールの上を歩き続けるんだろうな』
諦めたようにも聞こえるその言葉はしかし、どこか悔しさが滲んでいた。
『……真空』
僕が呼びかけたがしかし、真空は顔を上げずに何だと問いかけた。
『それは僕だって一緒だよ。でも、そういう家に生まれちゃったから仕方ないんじゃないかな』
『……そう、だけど、でもっ――』
真空はそう言って、声を詰まらせた。感情が高ぶって、言葉がつっかえてしまったようだ。
本当に珍しい姿だった。それだけ父親に参っているんだろう。あれだけ厳しい父親に反抗したら――なんて、考えるだけでも恐ろしい。
真空はきっと、僕の言ったことは分かっているけれど、分かりたくないんだろう。理解して納得してしまえば、真空はずっと父親の言いなりだ。
だけどそれは、今だって同じだし、きっとこれからもそうだ。こういう家の一人息子として生まれてしまった以上は、僕も真空もそれを継ぐしかない。
真空も本当はそれを分かっている。なら僕がするべきなのは、それを再確認させることだ。
『それにさ、お父さんが経営してる病院があるからこそ、たくさんの医者がたくさんの患者さんを救えるんでしょ? それだって立派な命を救う仕事だよ。ね、どうせ未来は変えられないんだから、せめてそう思おうよ』
真空は顔を上げた。厳しさを含んだその瞳は揺れて、やがて滲んで、雫が零れた。
幼馴染の僕ですら初めて見た泣き顔に思い切り戸惑ったが、僕はとにかくそっと抱き締めた。『悪い』とくぐもった声が聞こえた。
『……ありがとうな、伊織。お前がいてよかった』
やがて真空は、ふいと顔を上げて微笑んだ。いつも憧れていた真空が、その時堪らなく可愛く思えて――多分この時に、僕の憧れは恋に変わった。
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