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5あの頃から変われないまま
「……すっごい雨だね?」
テスト三日目、僕と真空は教室に残って最終日の科目を勉強していた。明日は数Bと日本史。どちらも重い教科だ。
向かい合った真空の顔は真剣そのもので、綺麗な表情だと思った。彫刻のように整っている。
僕は何だか真空に声をかけたい気持ちに駆られ、数学の問題を解く手を止め、窓の外を見て言った。
「……だな」
真空はその声を聞いて、ふと窓の外を見つめた。その表情は、どんどんと曇っていった。真空の視線の先を追いかけて、その訳を僕は察した。
外には、雨が降っているにも関わらず、外を駆ける二人組がいた。
彼らは笑い合いながら自販機まで駆け、飲み物をいくつか買い、そしてふざけ笑いながら昇降口まで駆けて行っていた。いかにも高校生らしい、仲の良さそうな姿だった。
その二人とは、明塚君と館野君だった。
真空の暗い表情は見たくないし、明塚君のせいで曇る表情はもっと見たくない。
僕は真空の目からその二人を離したくて、思い出すようにこう呟いた。
「確か付き合ってるんだよね、あの二人」
それを聞いた真空はふっと目を伏せた。軽く唇を噛んでいた。
「最初は何で、会長があんな地味な奴と付き合ってるのか疑問だったけど……あの顔なら納得だよねぇ」
何も知らない風を装って、何気なく聞こえるように呟いた。
あの二人は付き合っている。きっと、僕が噂を流すまでもなかったはずだ。だから――もう明塚君のことは気にしないでほしい。
「ね、真空」と僕は声をかけたが、真空は目を伏せたまま、答える気配すら見せない。
心配になり、僕は真空の顔を覗き込んで何度も名前を呼んだ。すると、ふっと我に返ったように真空が顔を上げた。
「大丈夫? 今ぼーっとしてたけど」
真空は何かを振り払うように頭を振り、頷いた。
「大丈夫だ。ただ……」
「ただ?」
僕がじっと見つめると、真空はため息を吐いて、答えた。
「……疲れた、色々と」
そのため息は濃い憂いを帯びていて、もやもやとした気持ちが一気に広がった。
色々と、と真空はそうぼかしたが、主に明塚君のことだろう。だって今までは、テスト期間中に疲れただなんて弱音を吐いたことはなかった。
「そうだね、勉強しなきゃいけないもんね。……でも、明日がテスト最終日だから、もう教室に居残ってまで勉強しなくて済むよ」
明塚君から意識を逸らさせたくて、僕はわざと的外れなことを言った。真空はそれを聞いて「そうだな」と答えたが、上の空であることは手に取るように分かった。
「……ね、なら明日、僕とどっかに出かけない?」
僕は真空にそう提案した。明塚君なんていなくても、僕で充分だろう、とそう言いたくて。
「いいかもしれないな」
真空は特に悩む様子も見せず、頷いた。その様子にほっとして、僕は思わず笑顔になった。
「でしょ! じゃあ僕、考えておくね」
今までのもやもやした気持ちがすっと晴れたようだった。そうだ、真空には僕がいる。何もあんな真面目君一人が関わってきたところで、僕たちの関係は変わらない。
だけどそんな考えは、次の日にすぐ打ち砕かれた。
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