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1王子様なんて馬鹿らしい

 明塚が露骨に嫌そうな様子を見せる。それを見た柚葉が、弱ったような苦笑いを浮かべ、続けた。 「多分、明塚が一番適任なんだよ。明塚がこの役を引き受けてくれたら、俺たちのクラスに人が集まると思うしさ」  しかし明塚は、納得がいかなそうに首を捻った。 「そうか? 俺なんか誰も注目してない……とはもうさすがに言えねえけど、俺のことは、むしろ嫌いなやつの方が多いと思うけど」  そうじゃないよ、とでも言いたげな顔を柚葉はした。  柚葉はことあるごとに『明塚がかっこいいってことに皆気付き始めてるんだけどどうしよう』と俺に言っているくらいだから、当の本人にそう言われるのはもどかしいのだろう。 「そんなことない、明塚が中学の時みたいな見た目に戻し始めてから、どんどん明塚の人気が出てきてるんだって。それにほら、劇のクオリティがすごく高いから、きっと舞台祭が終わった辺りでまた明塚の人気が伸びると思うし」  人気が伸びるって、アイドルじゃあるまいし、そう苦笑気味に明塚は呟くと、柚葉にこう問いかけた。 「お前がやるのじゃ駄目な訳? 巴、この衣装似合うと思うぜ」 「へっ? ――い、いやいやいや、そそ、そんなことない訳ない訳な……あれ? どっちだこれ」  明塚に何気なく言われた柚葉は、素っ頓狂な声を上げ、勢いよく首を振った。その顔は赤かった。  誰が見ても分かるほど慌て過ぎだ。それだけ明塚にその衣装――文化祭のクラスの出し物で使う王子様の衣装が、似合うと思うと言われたのが予想外で、嬉しいことだったんだろう。苛々とした気持ちが募る。  柚葉のあまりの慌てぶりに、クラス中がどっと沸く。その笑いに柚葉は恥ずかしげに身を縮こませた。 「そもそもさ……うちのクラスの出し物、人探しで決定?」  明塚は決めた時にちょうど休んでいたせいで、一人だけ事情を把握しておらず、今日のホームルームで初めて知らされたのだ。 「え? あ、うん、それは決定。やっぱりさ、他クラスって、喫茶ものとかお化け屋敷とか屋台とか、比較的そういうものが多いんだよね。で、屋台は抽選で負けたから無理で、喫茶ものとかお化け屋敷とかだと他クラスと被るから人が集まらないし」  柚葉は何とかいつも通りの様子を取り戻し、頷いた。  明塚は、ふうん、と頷いてから、ぼそっと呟いた。 「だけど、それにしても……この話ってどうにかなんねえの?」  人探しをさせるきっかけとなる、最初に見せる映像のあらすじを書いた紙を見ながら、そう言う明塚。それは柚葉が考えたものなのに何をあいつは偉そうに、と勝手な苛立ちは募るばかり。  案の定柚葉は不安げな顔で明塚を見た。 「面白く、ないかな」 「いや、むしろ面白いけど」それを聞いて柚葉はほっとしたように表情を緩めた。「けどさ……異世界から間違ってこの世界に来ちゃった王子様、って、俺がやる役恥ずかし過ぎね? さすがにこれやるのはきついんだけど」  柚葉が文化祭の出し物で人探しをやるにあたって考えたストーリーは、こういうものだった。  異世界にいた王子様は、戴冠式の前日に悪い臣下の策略にはまり、この世界に飛ばされてしまう。元の世界に戻るには青い薔薇が必要らしい。  それを聞いた少年が王子様のために何とか青い薔薇を得ることに成功したが、その時には王子様自らも青い薔薇を探しにどこかへ行ってしまった。だから、その王子様を探して青い薔薇を渡すのを手伝って欲しいと少年が客に頼み込んで――そして王子様に扮した明塚を探させるのだ。 「その気持ちは分からなくもないんだけど……お願い! やっぱり明塚が適任だと思うし、明塚がやるんだったら、てことで来てくれる人も多分いるし、俺自身も明塚にやって欲しいし」  必死に頼み込む柚葉。そうまでして頼み込むのは絶対、王子様の衣装を着た明塚が見たいからだろう。すぐにそれが思い至ってしまって、面白くなかった。  早くホームルームが終わらないかな。そう心の中で呟きながら、俺は一人窓の外を見つめた。 「俺も平太が適任だと思うぜ?」  明塚の後ろの席の加賀美が明塚にそう言う。 「はあ? 渉、お前ふざけてんの?」 「ふざけてねーよ。お前さ、人探しで探される側になるってことは、準備手伝わなくても白い目で見られないってことだぜ? それに探される側だから、何分かどっかでサボってもまずバレねーし」 「うーん……いやでもやっぱ」そう反論しかけた明塚を遮り、加賀美はこそっと囁いた。 「てことはつまりだな、前園先輩と――」  その先は聞こえなかったが、それを聞いて明塚は、途端に笑顔になって頷いた。 「俺やるわ」  柚葉は満面の笑みを浮かべ、「ありがとう!」と答えた。  面白くない。柚葉のその、心底嬉しそうに頬を赤らめて笑う顔は、明塚なんかじゃなくて俺に向けてくれればいいのに――そんなこと、言えるはずもなくて、俺は全て無視して窓の外を見つめ続けた。

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