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3王子様なんて馬鹿らしい

 事件が起き、柚葉が『明塚が王子様だ』なんて呑気に言っていられなくなったのは、夏休みが残り二日となった時だった。  夏休みを返上して毎日少しずつ作業を進めていき、そろそろ文化祭に必要なものは全て完成するはずだった。それに、夏休み明けは本格的に体育祭と舞台祭の準備を始めるから、夏休み中に大方文化祭の準備は終えておかなくてはならなかった。  だが、そんな中、小道具として必要不可欠な青薔薇の造花が全てなくなったのだ。原因は不明。  その青薔薇は、布や針金などを使い皆が手作業でコツコツと作り上げていったものだった。だからこそ、皆の落胆や憤りは大きくて、互いに互いを疑い合い、疑心暗鬼になっていた。 「どうすんだよ! あと二日じゃ間違いなく完成しないぞ!」 「そもそも誰が無くしたんだよ! 責任取れよ!」 「もう駄目だ……俺らのクラスの出し物は……」 「そもそも青薔薇がなくてもいけるんじゃね?」 「そりゃ無理だよ、もう教室で流す用の映像撮っちゃったんだから」 「じゃあもうどうしようもねえじゃん」  そんな声で教室内は満ちていて、雰囲気は最悪だった。  柚葉はそんな雰囲気をどうにかしようとあたふたしていた。そして、教室の端っこで一人ケータイで映画を見ていた俺の片耳からイヤホンを引き抜き、肩を叩いて焦ったように問いかけた。 「り、倫太郎、どうすればいいかな?」 「んだよ、俺を巻き込むなよ」  そんな面倒事に巻き込まれたくなくて睨んだが、柚葉は「だ、だってさあ」と焦燥感に眉を寄せた。  毎年参加する意味を感じずに全く参加してこなかった文化祭に、何も手伝わないとはいえこうして準備期間来ているのは、ひとえに柚葉がいるからだ。それ以上の何物でもないし、ましてやクラスを手伝おうという気概なんてこれっぽっちもない。だから声をかけないで欲しかったのだが。 「本当にどうすればいいか分かんなくて……ここで何とかしないと雰囲気最悪のままだから何とかしたいんだけど、何も思い付かないんだ。お願い! 倫太郎も一緒に考えて!」  雰囲気最悪で何が悪いんだよ、と言いたくなったが、柚葉の必死な顔を見たらそんな言葉も引っ込んだ。  だから俺はため息ひとつ吐いて、答えた。 「別に手作業で布と針金から作らなくても、百均で白い薔薇の造花とか買ってきて青いスプレーで染めりゃいいだろ。それなら十分二日で完成する。塗装ミスったら悲惨なことになるけどな」  これでもう十分だろうと思い、イヤホンを付け直して映画を再開しようとし、ふと教室がしんと静まっていることに気が付いた。目の前の柚葉が黙っていることにも。  首を傾げて何だよ、と問おうとしたその時、柚葉がいきなり俺に抱き着いてきた。 「な、な、何だよいきなり!」 「ありがとう倫太郎! そんなこと思い付きもしなかったよ!」  柚葉がそう言った後、教室もわっと喜びに沸いた。ちらほらと俺に感謝する声まで聞こえる。 「本当に倫太郎がいてくれてよかった! 倫太郎大好き!」 「ばっ……」  抱き着かれながら耳の近くでそう言われたものだから、馬鹿野郎と言おうとしたその声は声にならなかった。柚葉の言動は天然で、そういう意味を含んでいないのは分かっているのに、どうしても動揺してしまった。  心拍数がどんどん上がっていった。柚葉の匂いがする。混乱は大きくなっていった。 「……っ、馬鹿野郎! 暑苦しいし気持ち悪いんだよ、いきなり抱き着いてくんな! お前に大好きなんて言われたってちっとも嬉しくねえよ!」  やっとの思いで柚葉を突き飛ばしてそう怒鳴りつけ、顔を背けた。まだ心臓がばくばくいっている。  柚葉はそんな俺とは違い、「あ、ごめん」とあっさりとした返事をすると、皆に聞こえるように声を張り上げた。 「じゃあ、俺がスプレーを探して買うから、他の皆は薔薇の造花を買ってきてほしい! どうせ染めちゃうから何色でも大丈夫だから!」  皆がそれぞれ返事をしたのを聞いて、柚葉は頷くと、強引に俺の手を引っ張った。 「行こ、倫太郎」 「は? 俺は行かねえって――馬鹿、引っ張んな!」

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