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4王子様なんて馬鹿らしい

 柚葉は百均の店を出ながら、ため息を吐いた。 「なかなかいい色のスプレーってないね……運が悪いだけかな? 百均で売ってるはずなんだけどな」 「知らねえよ。ったく、何で俺も一緒に……」  頭をかいてそうぼやくと、柚葉が「ごめんごめん」と悪びれる様子も見せずに軽く頭を下げた。 「だって一人だと寂しいし、一緒に着いてきてって頼むならやっぱり倫太郎かなって思って」 「あっそ」  特に偽る様子もなく本心からそう言っているようだった。それが嬉しくて、その嬉しさを押し隠すように淡白な返事をした。  不意に柚葉は立ち止まって、考え込んだ。どうしたんだと見ていると、何かを決めたように柚葉は顔を上げ、「よし」と呟いた。 「電車に乗ろう! ここの一駅先に大きい百均があるんだ」  頷きかけて、ふと思い止まった。  文句を言いはしたが、どんな理由であれ柚葉と出かけているというのはとても嬉しい。だが、これもスプレーを買い終わってしまえば終わってしまう。 「一駅先なら歩いていこうぜ」  気付いたらそう口から出ていた。柚葉は戸惑うように「いいの?」と問いかけた。 「俺は別にいいんだけどさ、俺の最寄駅だし、俺はいつもそこから歩いてきてるから。でも……割と歩くよ?」 「歩いていける距離なのに金使うとかもったいねえ」  柚葉は、それも確かに、と頷いて、歩き始めた。  歩いている間、柚葉がにこにこしているので、俺はどうしたのかおもわず聞いた。柚葉は楽しそうな笑顔で答えた。 「そういえば倫太郎と出かけるのって初めてだなと思って。楽しい」  ――反則だ。にこにこした顔でそんなことを言う柚葉は、そう思うほどに可愛かった。  動揺を押し隠すように、俺は冷たい声を出した。 「はあ? 一緒にスプレー買いに来てるだけだろうが」  柚葉はそれを聞いて苦笑した。 「そうなんだけど、倫太郎ほど仲良くなった人って初めてだから。人と仲良くはできるんだけど、いつも結局上辺だけで終わっちゃうんだよね。友達を作るのが少し苦手なのかもしれない。だから倫太郎が今までで一番仲のいい人――って言ったら、ちょっと引く?」 「……引かねえよ、俺もだし」  今までで一番仲がいい、なんて言われて、引く訳がない。嬉しくない訳がない。  俺だって、こんなに仲良くなったのは柚葉が初めてだし、こんなに俺の領域に入り込んで来たのも、こんなに一緒にいて楽しいのも、柚葉が初めてだ。  柚葉はそれを聞いて「よかった!」と明るい顔になった。 「倫太郎も同じことを思ってくれててよかった。両思いだね」  ――こいつは俺の気も知らないで。そういう意味がないと分かっているのに、心臓が大きく高鳴る。 「はあ? 両思いとか友達同士で何言ってんだよ」 「友達同士でも、両思いになるのって案外難しいんだよ? 友達って上辺は皆仲がいいから、好かれてるか嫌われてるかよく分からないし」 「……そういうことじゃねえよ」  真剣な顔でそう説明され、俺は力が抜けてしまった。 「え? じゃあどういうこと?」 「もういいよ、黙っとけ」 「相変わらず辛辣だなあ」と柚葉は楽しげに笑った。 「最初は嫌われてると思ったんだよね、何言っても冷たいから」 「上手く人と会話する方法が分かんねえんだよ、だからどうしても冷たくなんの。お前よく俺と仲良くしようと思ったよな」 「冷たい態度は気になったけど、でも話してて楽しかったんだよね。ほら覚えてる? 俺たちが初めて話した時のこと」 「……さあな」  覚えているに決まってる。あの時、自分にこうも話しかけてくる変わった人間がいるのかと心底驚いたから。

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