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5王子様なんて馬鹿らしい
俺には友達がいなかった。
そりゃそうだ、こんな捻くれたやつと仲良くなりたいなんて酔狂、そうそういるもんじゃない。俺自身も『友達がたくさん欲しい』とほざくような酔狂じゃない。
だけど、本音を言えば一人は友達が欲しかった。一人が嫌な訳ではない、ただ誰かと仲良くしている人間が羨ましかったのだ。誰かと笑い合う人間を見るたび、何がそんなに面白いんだと思う一方で、そんな風に笑ってみたいと思ったのも事実だ。
だからといって人付き合いは面倒だし嫌いだ。誰かに合わせるなんて吐き気がする。だから、自分に友達なんて贅沢だと思った。
そういう理由で自分に友達はいらない、そう諦めていたのに、その考えを柚葉はいとも容易くひっくり返した。
学校の端の席で一人スマホでアニメを見ていたら、不意に後ろから椅子に振動がきた。だから俺は、イヤホンを外しながら振り向きざまに睨んだ。
「わ、ごめん。ぶつかっちゃった?」
ぶつかってきた相手は、学級委員長の巴だった。入学して日は浅いというのに、友達が多くて他人から信頼されている、俺とは縁遠いはずの人種だった。
巴は申し訳なさそうな表情から一転、俺のスマホが目に入ると、ぱっと明るい笑顔になった。
「あ! これ『精霊戦記』だ! 面白いよね、特にさ、世界観が重厚で魅力的なんだよね」
その言葉に驚いて、俺は映像を停止して、聞き返した。
「何で知ってんの、お前こういうの見る人間に見えないんだけど」
「こういうの見る人間、ってどういうこと?」
心底疑問げな声。それに何だか無性に苛ついてしまって、俺は舌打ちしながら答えた。
「アニメ好きそうじゃねえってことだよ」
「そうかな? アニメだからどうこうじゃなくて、面白いやつはアニメでもドラマでも見るよ。本が一番好きだけどね。普通そうじゃないの?」
なおも疑問げな声色の彼。
――何だこいつ、変わってる。普通こんな俺にわざわざ話しかけるやつなんていないのに、巴は何も気にせずに話しかけてくる。もしかすると彼は、周りの空気というものにあまり頓着しないのかもしれない。
「この精霊戦記は原作者が大好きで、それで見始めたんだよね。知ってる? 上原奈穂佳って人」
「……お前さ、何で俺に話しかけてくんの」
巴の意図がよく分からなくて、俺は吐き捨てるように問いかけた。巴は「何でって」と当然のように答えた。
「精霊戦記を知ってる人がなかなかいなくて、嬉しかったんだよね。で、知ってる?」
「……知ってるけど。エモーショナル・ブルーも書いてる人だろ」
すると、巴はみるみるうちに顔を明るくして、俺に身を乗り出してきた。
「エモーショナル・ブルーを知ってるの!? えっ、本当に? そんな人見つけられると思ってなかった!」
「精霊戦記が面白かったから読んでみようと思っただけ。この人のファンタジーは好きだと思った」
それを聞いた途端、巴は輝くような笑顔で俺の手を取って両手で握って、何度も頷いた。
「分かるよ分かる! この人の小説はさ、本当にこういう世界があるんじゃないかってくらい世界観に厚みがあって、だけど説明臭くなくて、まるでその世界の住人になれたような感覚で読めるんだよね。そこが他のファンタジー作家と違う魅力でさあ」
突然手を握られたことに驚いて、心臓が跳ねた。だけど不思議なことに不快ではなくて、そのことが疑問で堪らなかった。普段は、誰かと触れ合うだなんて吐き気がするのに。
「あと、世界観もそうなんだけど登場人物も皆深みがあって一筋縄じゃいかないんだよね。話が進めば進むほど色んな一面が見えてきて、読み終わると皆好きになっててさ。ファンタジーとしても青春群像劇としても読める稀有な作品を書けるのはこの人しかいないと思うんだ。まさに天才っていう言葉を体現したような人だよね」
巴の言葉にだんだん熱が入ってきた。俺は少し身を引いて、呟いた。
「……お前、難しい言葉使い過ぎじゃね」
巴は、はっとしたような表情を見せ、次いで手を握っていることに今気が付いたのか慌てて手を離した。
「あ、ご、ごめん! 好きな小説家を語る時はどうしてもこうなっちゃうんだ。あと止まらないし。……気持ち悪い、かな」
気持ち悪い、なんて他人に言えるほど俺は性根の腐った人間じゃない。それに俺は言われる側だ。
だから俺は「別に」とだけ答えた。
「本当? ああよかった! 柳っていい人だね」
それを聞いて巴は、ほっとしたように笑った。
そんなことを言われたのは初めてで、俺は思い切り混乱してしまった。性格悪いと言われることはありこそすれ、まさか自分がいい人だと言われるだなんて、思いも寄らなかった。
「はあ? お前頭おかしいんじゃねえの」
「ええ? 柳はいい人だと思うんだけど」
真剣な顔で首を傾げる巴。これ以上彼と話していると、おかしくなりそうだ――そう思った時に休み時間終了のチャイムが鳴り、俺は心からほっとした。
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