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6王子様なんて馬鹿らしい

「お前、今日も俺に話しかけてくるのな。物好きなやつ」 「うん、駄目かな?」  巴はかれこれ数週間、昼休みの時間に俺に話しかけてきた。それどころか、教室移動の時すら一緒に行こうと話しかけてくるようになった。 「勝手にすれば。でもお前、他の友達はどうすんだよ。俺なんかに話しかけてたら友達いなくなるぜ」 「大丈夫だよ、俺がいてもいなくてもあいつらは変わらないから」  巴はあっけらかんとそう言う。その淡白にも思える返答に驚いた。 「……友達じゃねえの?」 「友達だよ? でも何となく気が合うから何となく一緒にいるだけで、あいつらじゃなきゃ駄目、っていう理由はないし。多分それは向こうも一緒じゃないかな。それに正直、友達と遊ぶより一人で本読んでた方が楽しいんだよね」  第一印象とはまるで違うその言葉に、俺は少し呆気にとられてしまった。  てっきり巴は、友達が何よりも大事で友達と遊ぶことが大好きな、俺とは縁遠い人間かと思っていた。それなのに今の言葉から判断すると、むしろ俺と似た人間のように思える。一人の時間が大切で、人付き合いはそんなに好きではない人間に。 「あと、俺なんか、なんて言わないでよ。柳に好きで話しかけてる俺の立場がなくなるから」 「他の友達はどうでもいいのに、俺には話しかけたいのかよ?」  どう考えても、俺にわざわざ話しかけるメリットはないように思える。無愛想で自己中心的な、こんな俺に。  しかし巴は、当然のように「うん」と頷いた。 「はあ? 何で?」 「何で……何でだろう。話してて楽しいからかな? あ、あと一緒にいて落ち着く。……俺と柳って、纏ってる雰囲気が似てる気がするんだよね。そんな感じしない? 似た者同士みたいな」 「……分からなくも、ないけど。お前人付き合いそんな好きじゃなさそうだし」  確かにここ最近一緒にいて、少し似ている気はしていた。さっきの言葉然り、巴は学級委員長なんてしている快活な性格だというのに、何となく人付き合いに対して苦手意識があるように感じるのだ。  よくある『グループ』も少し苦手そうにしていたし、クラス中でワイワイ騒いでいる時だって、どこか一歩引いてそれに参加していたように思える。俺とは違って浮いている訳ではないのだが、中心にいこうとは決してしなかった。言うなれば、無難な立場をキープし続けているような。 「やっぱり分かっちゃうか。ちょっと嫌な思い出があってさ。それがなくても、一人で本読んでるのが好きだし。……あ、だから人付き合いが嫌いそうな柳と一緒にいて、落ち着くのかな」 「……お前、変わってんな」  思わず、そう呟いた。俺と一緒にいて落ち着くなんて、そんなことを言うやつは後にも先にも巴ただ一人だろう。 「そう? あんまり変わってるって言われたことないけど。むしろ没個性的だと思ってた」  巴が没個性的なのだとしたら、一体誰が個性的になるというのか。俺からしてみれば、巴ほどの変わり者は初めて見た。 「んな訳ねえだろ、お前超変わり者だよ。一緒にいてうぜえくらいな」 「えっ、うそ! ごめん、どこら辺がうざかった?」  照れ隠しに吐く暴言をいちいち真に受けられても困る。だけど、それを言うのも少し照れ臭くて、俺はため息一つ吐いて無視した。 「ごめん、無視しないで! あ、でも、拒否しないってことは嫌ではないんだよね? よし、ちょっと分かってきたぞ。拒否しないなら俺は一緒にいるからね!」 「うるせえ、うぜえ」  最初は巴のこの態度に戸惑うばかりだったが、最近はこの問答も楽しくなってきた。むしろ、心のどこかで巴と話すことを待ち望んでいるようだ。  こんなの、今までになかった。俺が誰かといることを楽しいと思うなんて。誰かと話したいと思うなんて。巴といると、自分でも知らない自分が知れるような気がする。  それと巴と話すようになってから、憂鬱でしかなかった学校が少し楽しみになった。それはとても貴重なものだと思う。  これが『友達』なのだろうか。そう思い当たって、すぐにその考えを振り払った。俺に友達だと思われても、迷惑なだけだろう。  だけど、もしかしたら巴は違うんじゃないかと思い、俺はこう問いかけた。 「お前さ、俺のことどう思ってんの」 「勝手に友達だと思ってるよ」  あっさりと言われ、心臓が高鳴った。友達……友達、なんて、そんなこと生まれて初めて言われた。何だか、とても嬉しい。心臓の高鳴りと一緒に、高揚した気分まで大きくなっていくようだ。 「……あっそ」  こんな時、素直に何も言えない自分をもどかしく思った。 「迷惑? ……でも、嫌とは言ってないよね? じゃあ勝手に友達だと思っておくね」 「勝手にしろよ。……倫太郎、って呼ばせてやってもいいけど」  それを聞いて、巴は花が咲くような笑顔を見せた。 「本当? やったあ! じゃあ、俺は柚葉でいいからね! ……倫太郎かぁ、えへへ」  にこにこしながら柚葉が俺を見つめるので、俺は少し居心地が悪くなって舌打ちをした。 「キモい。なにそれだけで浮かれてんだよ」 「だってさあ、仲良くなれたみたいで嬉しくて」  そう言ってにこにこと笑う柚葉を見て、なぜか心臓が跳ねてしまった。もどかしいような変な気持ちに耐えられなくなり、俺は視線を逸らした。

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