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7王子様なんて馬鹿らしい

 柚葉の視線が明塚に向いているのに気が付いたのは、それから少ししてからだった。 「お前さ、何でいつも明塚見てんの」  柚葉は「うそ!」と素っ頓狂な声を上げた。 「な、何で……もしかして俺、分かりやすい? そんなにいつも見てた?」 「かなりな。暇さえあれば見てんじゃねえか」  何か気になることでもあるのか疑問に思って問いかけたのだが、柚葉の反応は予想外だった。  柚葉は「ええ」と狼狽えるように呟くと、恥ずかしそうに、決まり悪そうに笑ったのだ。その反応が何を意味しているのか分からなくて、だけど無性に苛ついた。 「で? 何で見てんの?」  柚葉は躊躇うように口を噤んだが、やがて、観念したように言った。 「……憧れ、なんだよね。明塚が」  今度は俺が「はあ?」と素っ頓狂な声を上げる番だった。 「あんな地味なやつが? 逆にどこに憧れる要素があったんだよ?」  思わずそう聞き返したくなるほど、理解ができなかった。  そもそも、柚葉と明塚は全く関わりがなかったはずだ。一度も会話しているのを見たことがない。  柚葉はその返答を予想していたかのように苦笑した。 「中学が一緒でさ。俺しか同中がいなくて俺しか明塚の中学時代を知らないから、そう思うのも無理はないと思う。……でも、かっ――こいいんだよ明塚は!」  思い切り溜めて、瞳を輝かせて言う柚葉。柚葉がそんな顔をするのは好きな小説家を語る時だけで、憧れているというのは本当なんだと実感した。 「本当は誰にも言うなって入学式の日言われたんだけど、倫太郎ならいいよね。他の人に言うなんてことはしないだろうし」  そういいながら柚葉は携帯を操作して、俺にある写真を見せた。  その写真はどこかの遊園地をバックにしていて、男五人女二人、計七人の男女グループが笑顔で写っていた。真ん中にいる一人の男子を取り囲むように他の人は写っていた。  驚くべきことは、写っている人間全てが美男美女だったことだ。しかも格好が皆垢抜けていて、キラキラと輝くオーラが写真越しにも伝わってくるようだった。――こんなリア充集団、一生関わりたくない。もし近くにいたら間違いなく避けるだろう。 「この写真がどうしたんだよ」 「前に明塚がSNSに上げてた写真なんだ」  何気なく言う柚葉。へえ、と頷きそうになって、耳を疑った。 「……え? てことは、この中に明塚がいんの?」 「うん。これがそう」  柚葉が指差したのは、他の人に取り囲まれている真ん中の男子だった。  信じられなくて見直したがどう考えても、この美男美女集団の中でもなおかっこよさが目立つ垢抜けた男子と、今同じクラスのうっかり見落としてしまいそうなほど地味な明塚とが、同一人物には見えなかった。  第一、髪色が違う。高校に上がって髪色が明るくなるのなら分かるが、茶髪から黒髪にと暗くなるのはどういうことだ。 「髪色違うじゃねえか」 「それはね、高校に上がる時に暗い色で染めたんだって。この写真の色が地毛だから」  そう答える柚葉を見て、にわかには信じがたいが本当にこれが明塚であることが現実味を帯びた。 「何でわざわざ……ってことは、明塚は逆高校デビューした訳?」 「そうそう」と頷く柚葉。  俺はその写真の明塚を見てから、このクラスにいる明塚を遠くからじっと見た。前髪が長くて顔がよく分からないが、だからこそ長い前髪でこの顔が隠れていても分からないとは思った。 「何でそんなこと――こんな顔してたら絶対人生楽だろ。わざわざ隠す必要ねえじゃん」  疑問を口にすると、柚葉はぽつりと「目立つのに疲れちゃったんじゃないかなぁ」と呟いた。 「明塚、中学時代めちゃくちゃモテてたんだよね。でも、モテるだけならいいんだけど、色々苦労があったっぽいよ。盗撮は当たり前で、明塚が捨てたゴミをわざわざゴミ箱から拾われたり、怪しいものが入った手作りのお菓子を押し付けられたり。あとたまたま、明塚と同じクラスの男子が放課後の教室で、明塚の体育着を使って自慰してるのを見ちゃったこともある。それも何度も」 「……そりゃ、地味になりたくもなるな」  俺の貧弱な想像力をもってしても、それは寒気がする。そんな環境に置かれていては、地味になりたくもなるし、モテるのも嫌になるだろう。 「あと、この写真あるでしょ? これの――明塚の隣の中性的な男子、この人は明塚の幼馴染なんだけど、この幼馴染以外のここに写ってる人皆、明塚のことが好きだっていう話を聞いたことがある」 「……友達じゃねえの?」 「友達だと思ってたのは明塚だけ、みたいな? 前はもう一人女子がいたんだけど、うっかり明塚に告白しちゃって、抜け駆けだって怒った二人の女子がその人をハブっちゃったからここに写ってるのは七人らしくて」 「こっ……わ。怖過ぎんだろ。それは誰でも地味になりたくなるわ」  恋愛沙汰とは無縁そうな外見をした明塚が、そんな壮絶な中学時代を過ごしていたとは思わなかった。人は見かけによらないものだ。 「そうだよね。……だから今は地味な格好をしてるんだけど、明塚はかっこよくて、器用で何でもできて、誰にでも優しくて紳士的で――本当にすごい人なんだ!」  きらきらと顔を輝かせる柚葉。柚葉がそんな顔をするのが気に食わなくて、俺は舌打ちをした。 「あっそ」 「興味なさそうだなあ。かっこいいんだって明塚は! 向こうは覚えていないだろうけど、俺を救ってくれた人なんだ」  恋い焦がれるような切ない声色で柚葉は言う。なぜだか胸がずきんと痛む。  ずきずきとする胸の痛みを抱えながら、俺は素っ気なく吐き捨てた。 「どういうことだよ。詳しく話せ」  柚葉は躊躇うように視線を彷徨わせたが、やがて決心したように頷いた。 「じゃあ、全部話すね。倫太郎なら受け入れてくれる気がする。……まず、俺は昔、いじめられてたんだ。それがきっかけで、明塚のいる中学に転校してさ」 「――だから、俺にとって明塚は憧れの人なんだ」  柚葉はそう言い切ってから、へへ、と重い空気を軽くするように笑った。 「まあ、向こうはこのことを覚えてないだろうけどね。……今でもちょっと怖いんだよね、またいじめられるんじゃないかって」  だから柚葉はどこか、人付き合いを苦手そうにしていたのか。それとそんな過去があったから、他人に無視されがちな俺とどこか雰囲気が似ていたんだろう。 「……俺は気持ち悪いなんて言わねえよ。明塚の言う通りだろ、難しい本読んでて博識なお前はかっこいいよ」  柚葉は意外そうに目を瞬くと「ありがとう」と呟いた。その声は僅かに震えていた。 「あー……どうしよう、ちょっと泣きそう」  柚葉は軽く目元を抑えてから、はにかみ笑った。 「ごめん。これを話したのは初めてだし、はっきり肯定されたのも初めてだから、嬉しくて」 「……俺が、初めて?」 「うん。倫太郎には話してもいいかなって思ったから話したんだ」  柚葉のその言葉に、込み上げる嬉しさが止まらなかった。思わず顔が緩む。そんなの、まるで俺が特別みたいだ。 「やっぱり話してよかった。優しいからね、倫太郎は」  柚葉はそう言って、柔らかく笑った。  その笑顔を見たとき俺は、切なく胸が締め付けられた。――こんなに可愛い笑顔は、今までに見たことがない。この笑顔を独り占めしたい。  そんなことを思ってしまって、そんな自分に戸惑ってから、ふとあることに気付いた。……もしかしてこれが、恋というものなんじゃないだろうか。  そう思い至ると、次々と腑に落ちることが思い出された。初めて話した時、手を握られても不快じゃなかったこと。柚葉と話す時間をいつも心待ちにしていること。笑顔を見ると、もどかしいようなドキドキした気持ちに襲われること。――そうか、俺は柚葉が好きだったのか。 「……倫太郎?」  不思議そうに尋ねる柚葉。その声で、自分が何も言わずに考え込んでいたことに気が付いた。 「俺が優しいなんて、お前本物の馬鹿だな」  恋だということに気付いてしまうと、何だか無性に柚葉と話すことが恥ずかしくなってしまい、俺は慌ててそう暴言を吐いて、目を逸らした。 「やっぱり倫太郎は辛辣だなあ」  柚葉はそう苦笑した。暴言を吐いてもその一言で受け入れてくれることが不思議で、だけど心の底から嬉しいと思った。 「……んで、柚葉は明塚が好きな訳?」  そのことを問うのは怖くて、だけどどうしても気になって、悩んだ末に結局俺は問いかけてしまった。  柚葉は少し考えてから、首を振った。 「好きだけど、多分倫太郎の言う意味での『好き』とは違うかな。憧れでしかないから。明塚とどうなりたい、とかそんなことは考えたことがないなあ。恋愛対象っていうより、アイドルに近いかな。……というより、俺にとっては王子様みたいなものかな」  恋い焦がれるような調子で柚葉は言った。まるで、恋する乙女みたいだ。――恋愛対象じゃないのなら、そんな声を出さないで欲しい。 「王子様とか、馬鹿じゃねえの」  柚葉は少し恥ずかしそうな表情になった。 「あはは。確かにちょっと恥ずかしい言い方だったよね。……だけど、その表現がぴったり来るんだ、俺にとって明塚は」  また柚葉は恋する乙女のような表情になった。柚葉のそんな表情を見ると、苛々する。少ししてこの感情が、独占欲であることに気が付いた。  自分は独占欲が強い方なのかもしれない。だとすれば、柚葉の鈍感ぶりに苦労しそうだ。俺はこの先のことを考えて、内心ため息を吐いた。

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