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10王子様なんて馬鹿らしい
「――ああそうだよ、やっと気付いたかこの鈍感馬鹿! 俺はっ……柚葉が好きなんだ!」
倫太郎は真剣な顔でそう言い放った。
好き? 倫太郎が俺のことを? いつから? どうして? 頭の中が疑問符で埋め尽くされる。そもそも――恋って何だろう。
憧れなら分かる。その人のことをいつも目で追ってしまって、少しのことでもその人について知れると嬉しくて、何をしててもかっこよく見えて、……だけど遠くで見るだけで満足で、自分とその人がどうなりたいなんて願望はない。事実、明塚と前園先輩が付き合っているという話を聞いた時も、明塚が誰かと付き合うなんてと驚いた後、お似合いだと思っただけだ。
でも恋は、本の中でしか知らない感情だ。恋は、俺にとってはファンタジーで出てくる魔法や能力と同じような、空想の対象でしかなかった。
小説を読んでいれば、色々な恋の形は出てくる。お互い好きなのに関係が壊れるのが怖くて一歩を踏み出せないもどかしい恋。叶わないと知りつつ諦められないほろ苦い恋。好き過ぎるあまり周りが見えなくなってしまう狂おしい恋。
だけどどれも想像するしかなくて、実際に自分が体験するとなると、よく分からなくなってしまう。前に告白された時はどうすればいいか分からなくて、結局答えが出なかったから断ってしまった。
倫太郎にはそんないい加減なことをしてはいけないと思う。どんな返事にしろ、きちんと考え抜いてするべきだ。でも――恋って何だろう。結局そこに戻ってしまって、不毛な堂々巡りの思考を巡らすばかり。
「……巴? 何かぼーっとしてね?」
クラスメイトがそう聞いてくるのに気付いて、俺は慌てて「ごめん」と謝って作業に戻った。
クラスメイトほぼ総出で作業をしているおかげか、買ってきた造花のうち半分は塗装が終わりそうだ。
俺は皆の先頭を切って作業をしなくてはいけないのだが、どうにも作業に身が入らなかった。作業を始めるとすぐ倫太郎の言葉が頭を巡り、ぼうっとしてしまう。
「悪い、劇練してて来るの遅くなった! 何かトラブルが起きたんだって? 俺なんか手伝うことある?」
教室の床に座り込んで塗装をしていると、頭上から誰かの声がした。しばらく考え込んで、俺に話しかけられているんだと思い当たって俺は答えた。どうやら、相当俺はぼうっとしているみたいだ。
「うん、ええと……そっちの袋にある青くない造花を、青いスプレーで塗装してくれれば……」
俺に話しかけている彼は「オッケー」と答えてから、問いかけた。
「お前大丈夫? なんか超ぼーっとしてね?」
「まあ……よく分からないことがあって……」
彼は袋の中からいくつかの造花とスプレーを取ってきてから、俺の隣に座り込んだ。
「なに、どうした? 俺でよければ聞くけど」
「うん……恋って何かなあと思って……」
俺はのろのろと答えてから彼の方をふと向いて――驚いた。俺に話しかけているのは、明塚だった。
「えっ、明塚!? 今話しかけてきたのって明塚だったの?」
明塚は「今気付いたのかよ」と苦笑交じりに言った。
明塚に話しかけてもらえて、しかも悩みを聞いてもらってしまった。一気に目が覚めたように頭が回り出す。とても嬉しい。天にも昇る心地、という言葉の意味を今理解した。
明塚は俺の周りをきょろきょろと見回して、不意に笑った。
「巴に何があったか当ててやろうか?」
「えっ? そんなことできるの?」
「まあ、結構側から見てる俺でも分かるぐらい分かりやすいし。……柳に告られでもした?」
明塚は何気なく図星をついた。当てられたことに驚き過ぎて、明塚相手だというのに「は!?」と聞き返してしまった。
「何でそれを……?」
「言っただろ。分かりやすいんだよ、柳。俺がそういうのに聡い方なのもあるかもしれねえけど。でも柳、しょっちゅう俺を睨んでくるし、さすがに気付くわ。……むしろお前何で気付いてなかった訳?」
「そ、そんなに分かりやすかったのかな、倫太郎……」
「かなりな」と明塚は頷いた。
倫太郎と一切関わりがない明塚ですら気付くなんて。俺は一体どれだけ疎いのだろうか。倫太郎に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
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