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11王子様なんて馬鹿らしい

「で、恋が何か、だっけ?」  明塚はそう聞き返して、俺が頷いたのを見ると考え込んだ。俺は塗装を再開しながら、明塚の顔を見つめた。  明塚はかっこいい。かっこいいし綺麗な顔立ちだと思う。見ているだけでドキドキする。だけど……これが恋かと言われたら違う気がする。やっぱり恋って何だろう。 「……あのさ、すっげえ顔見つめられてると落ち着かねえんだけど」  明塚が苦笑いする。「わ、ご、ごめん!」と焦って謝ると、別にいいけど、と明塚は答えた。 「んー……相手に対して独占欲が湧くなら恋じゃね?」 「独占欲……かあ」  そんなこと、考えたことがなかった。倫太郎が俺といるのは当たり前で、それ以外の人と一緒にいるところなんて、見たことがない。だから、考えようとも思わなかった。  でも例えば、倫太郎に誰か別の仲の良い人ができたとして――そしたら倫太郎が、俺をそっちのけで毒を吐きつつそいつと仲良さげに話したり、そっけなくそいつを思いやったり、時々不意に笑顔を見せたり、……何だろうこの気持ち。胸がチクチクする。  そんなことになったら嫌だ。倫太郎の隣は俺の居場所だ。――おかしい。前までは確かに、倫太郎には俺以外の友達を作って欲しいと思っていたはずなのに。だけど思い返してみれば、倫太郎に俺以外の友達がいないことに安心している自分も、どこかにいた気がする。 「独占欲……湧くよ。今気付いた」 「……あとは、キスができれば友達じゃなくて恋かな」  明塚の言葉を受けて俺は考え込んだ。  キス、できるだろうか。倫太郎に顔を近付けて、倫太郎と近くで見つめ合って、それから唇を重ねて…… 「どうした?」  俺が突然顔を覆ったのを見たか、明塚の疑問げな声が聞こえる。  顔が熱い。やけにリアルに想像してしまって、恥ずかしくなってきた。だけど――嫌じゃなかった。 「……できる、気がする」 「恋だな」  明塚がそう肯定する。  胸が苦しい。きゅうっと締め付けられるみたいだ。そうか、倫太郎はずっとこの甘い苦しさを抱えていたんだ。  早く伝えたい。それから、今までの無神経な言動を謝りたい。きっと、俺が何も気付かず嬉々として明塚について話すことで、倫太郎を傷付けてしまったかもしれないから。  明塚が隣で僅かに笑う気配がした。そしていきなり、明塚は声を張り上げた。 「なぁあのさ! 巴が具合悪いみたいなんだけど、帰っても大丈夫だよな?」 「いいんじゃね?」だとか「今まで頑張ってたもんな」だとか、そういう声がちらほらと聞こえる。  思わず顔を上げると、明塚は少し悪戯っぽく笑って小声で言った。 「行ってこいよ、柳のとこ」  相変わらず、明塚はやることがいちいちかっこいい。これだから、倫太郎に悪いと思いつつも、憧れるのをやめられない。 「ありがとう」と小さく礼を言うと「礼はいいから行ってこい」と手を振った。  学校の周りで倫太郎が行きそうな場所は行った。百均の近くも回った。だけどいなかった。  だから最後の望みである、倫太郎の最寄駅まで電車に乗って行くと……駅近くの公園で、倫太郎らしき人影を見つけた。  俺は嬉しくなって、ほっとして、そこまで思わず駆けて行きながら名前を叫んだ。 「――倫太郎!」

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