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12王子様なんて馬鹿らしい

 倫太郎は呆然と俺を見ると、ふいと視線を逸らして尋ねた。 「……何でここに来たんだよ、柚葉」  俺は息を切らしながら答えた。 「倫太郎に……伝えたいことが、あって」  倫太郎は未だ視線を逸らしたまま。俺はそんな倫太郎の隣に座ると、まずは頭を下げた。 「――ごめん!」  倫太郎はちらと俺を見ると、自虐的な笑みを片頬に浮かべた。 「だろうな。まあ別にいいけど。でもできればこれから避けないで欲しいっていうか」  予想していなかった反応に戸惑う。だが、自分の言い方を振り返ってみると、まるで告白を断ったみたいに聞こえる。  俺は慌てて「ち、違うよ!」と否定した。 「振った訳じゃなくて、その……俺、鈍感でしょ? それで全然倫太郎の気持ちに気付かなかったし、無神経なこと言って嫌な思いさせたり傷付けたりしちゃったかもしれない。だから今のは、気付けなくて申し訳ない、っていう意味のごめんだったんだ」  そう言い切ると、倫太郎は意外そうな表情で俺を見た。その後、ふと笑みをこぼした。 「柚葉らしいな、そんなこといちいち謝るとか」  その笑顔は優しくて、俺は胸が切なくなるのを感じた。今までは気付かなかった。だけど今は――この笑顔を俺以外に向けないで欲しいと思う。 「それで俺、学校で文化祭の準備をしながら考えたんだ。だけど答えが出なくて、そもそも恋が何なのかよく分からなくて。でもそんな時たまたま明塚が話しかけてきて、話を聞いてもらって……それでようやく答えが出た」  倫太郎はいつの間にか、俺と目を合わせていた。黙って静かに俺の次の言葉を待っていた。 「――好きだよ。俺も、倫太郎のことが好き」  倫太郎は言葉を失った様子で瞬きを繰り返した。その後、ふっと皮肉な笑いを浮かべた。 「恋が何なのか分かんねえのに俺のことは好きなのかよ。ふざけてんじゃねえぞ柚葉」 「ふざけてない! 俺、ようやく気付いた、倫太郎に対しては独占欲が湧くんだ。最初は、本当はいい人なんだから俺以外にも友達ができればいいのになって思ってた。だけど今は嫌だ。倫太郎が俺に話すような調子で誰かと話してる姿は見たくない。俺以外に笑顔を見せて欲しくない。……自分勝手だよね。でも、それが本心だ」  倫太郎はただ黙って俺を見つめ返した。何かを言いかけるように口を開いたが、すぐに閉じてしまった。 「それにね、俺、倫太郎とならキスしてもいいと思うんだ。今まで誰かとキスなんて考えたことなかったのに。明塚とでもね。それに、キスのその先だって倫太郎とならしてもいい。それって恋だよね? 憧れでもなくて友情でもなくて」  倫太郎は黙り込んでいた。俺の言葉を待っているのか、それとも何も言えないのか。 「俺は鈍感だし人の気持ちを察するのがすごく苦手だから、これからも苛つかせたり傷付けたり、するかもしれない。それと明塚についてうるさく話しちゃうかもしれない。だけど明塚はあくまで憧れだし、俺が好きなのは倫太郎だよ。だから――俺と、付き合ってください」  俺はそう言って頭を下げた。  そう頭を下げてしばらくしても、何も倫太郎からの返答がない。  だけどここで頭を上げるのはいい加減な気がする。だから俺は意地でも何か返答があるまで頭を上げないと決めた。 「……仕方ねえな」  嬉しさの滲むような声が聞こえる。俺が顔を上げると、倫太郎は今までで一番綺麗に輝く笑顔を浮かべていた。  その笑顔を見たら何だか嬉しさが湧き上がってきて、俺は倫太郎に抱き着いた。 「ば、馬鹿っ、抱き着いてくんな! 暑いんだよ!」  倫太郎の怒鳴り声が聞こえた。いつも通りの素っ気なく聞こえる反応に、俺は思わず笑ってしまった。こんな反応も、愛おしいと思った。

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