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4今日は晴天

 思わず辟易したように傍らの渉を見ると、渉は苦笑いを浮かべた。 「……俺どうすりゃいい?」  短距離走が終わり、真空さんに一言かけようと思ったのだが、真空さんは退場をした途端に様々な学年の生徒に囲まれてしまった。真空さんもそれを拒否しないものだから、俺が入り込む隙がなかった。  このまま今声をかけるのはやめて、後でかっこよかったと告げようか、それとも今無理にでも割り込んで行くか、そう問いたくて渉に尋ねる。すると渉は肩をすくめた。 「いやー……駄目元でここから声かけてみれば? 先輩お前のこと大好きだから、もしかしたら気付くかもしれねーし、気付かなくても二人の時に言いたいこと言えばいいだろ」  渉がそう言うので、俺はその位置から駄目元で少し声を張り上げた。 「……真空さん!」  真空さんは全く感情の伺えない無表情で丁寧に他生徒の対応をしていたが、俺の声が聞こえたのか、きょろきょろとし出した。そして俺と目が合うと、無表情から一転、花開くように笑顔になった。  そしてその嬉しそうな笑顔で、人を掻き分け、俺の方へ駆けてきた。 「……平太、今の、見てくれてたか?」  一見落ち着いた声色で尋ねる真空さんだが、期待を押し隠しているのはその笑顔から分かった。 「もちろんです。すごくかっこよかったですよ。思わず見惚れちゃいました」  真空さんは嬉しさを噛み締めるように笑った。  他の人に褒められている時は超然とした無表情だったのに、俺が少し褒めるだけで途端に無邪気な笑顔を浮かべる、それが可愛くて仕方がない。ギャップにやられるのもそうだし、俺だけ、という特別感にもやられる。 「俺、正直体育祭って毎年面倒くさかったんですよ、中学の時から。だるいし何とか理由つけてサボれないかなって毎回考えてました」  そう口を開くと、真空さんは「確かに、お前は面倒くさがり屋だからな」と苦い笑みをこぼして頷いた。 「でも今年は楽しみでした。可愛い真空さんじゃなくてかっこいい真空さんが見れるなって思って、それを楽しみに今日来ました。予想以上にかっこよかったです」  その言葉は不意打ちだったのか、真空さんは驚いたように目をぱちくりとさせた。しかし俺が軽く頭を撫でて微笑むと、みるみるうちに顔を赤くした。 「真空さんのおかげで楽しいって思えたんです、体育祭が」  真空さんは真っ赤な顔ですいと視線を逸らした。「何で目逸らすんですか」と笑いながら問うと、真空さんは「だって、平太が……」と口ごもった。 「だって平太が……何ですか?」  真空さんは恥ずかしそうにぼそぼそと答えた。 「……口説き文句みたいなこと言うから」  抱きしめたい衝動に駆られたが必死に堪えた。  この人は本当にウブで可愛い。いくら甘い言葉をかけても慣れる様子が全くない。キスすらしたことない初々しいカップルとはかけ離れているのにそれでも、キスをしたことがない乙女のような恥じらい方をする。  いつまで経ってもすぐ照れる真空さんのせいで、俺はいつも同じように真空さんの可愛さにやられてしまう。毎回毎回思い切り照れるから、いくら言っても飽きないどころか言い足りない。 「真空さんのこと、一番に褒められなくてすみません。他の競技も頑張ってください、応援してるし楽しみにしてます」  そう微笑んでから「二年生の全員リレー、もう準備始まってるみたいですよ」と促した。  真空さんは心底嬉しそうな笑顔で頷いて、しばらく何かを口ごもった後、ふと呟いた。 「平太のために頑張ってくる、から……また褒めてほしい」  真空さんは言った後、恥ずかしそうに顔を背けて走り去っていった。――今のは反則だ。俺はにやけを隠すために、思わず手で顔を覆った。

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