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5今日は晴天
「さあ、続いての競技は借り物競走です! 毎年恒例ですがお題は実行委員の悪ふざけによって決まったものなので、ぜひお題が何なのかに注目してご覧ください」
そんな放送部の放送を聞いて、俺は渉に尋ねた。
「悪ふざけ? って例えば?」
「んー、色々? 教頭のヅラとか国語科の石井先生のブランドバックとか、観客の可愛い女の子とか……あと人を借りてくるのもあったな。憧れの先輩とか、尊敬してる先生とか、可愛がってる後輩とか、あとこいつなら抱けるっていうクラスメイト、っていう無茶振りもあったっけ、確か。あとはベタだけど好きな人とか。毎年ネタ競技としてかなり盛り上がるんだぜ」
「すっげ……この学園ノリいいのな」
そう呟くと渉は「何を今更」と苦笑した。そもそもファンクラブやら何やらがある時点でノリの良さを察するべきだったか。
「そういや先輩これに出るっぽいぜ? お前借りものとして連れてかれるかもな。好きな人か可愛がってる後輩枠で」
渉がにやっと俺を見る。対して俺は肩をすくめた。
「好きな人はともかく可愛がってる後輩はねえな」
「何で?」
「だって俺が色々と可愛がってる側だし」
渉は何とも言えない顔で黙り込んだ。そのあと、ため息をわざとらしく吐いた。
「お前さ……さらっと反応に困ること言わないでくんねー? よくよくそれの意味考えたら割とえげつないことに聞こえるんだけど」
「事実だから仕方ねえよ」
渉は呆れたような顔になると、「借りもの競争、始まったな」と話を逸らした。
真空さんはどんなお題を引くのだろう。俺を連れていくようなお題だったらそれはそれで楽しいだろうし、例えば憧れの先輩なんてお題を引いたとしても楽しみだ。誰が憧れなのか、なんて知りたい。
そんなことを思いながらぼうっとレースを見ていると、こちら側へ誰かが走ってきた。真空さんにしては背が低い。なら果たして誰なのか、他人事のように見ていると、その人は明らかに俺と渉のいるところに近付いてきていた。
「あ、……明塚、先輩!」
息も絶え絶えに俺の名前を呼びながら駆けてきたのは、一緒に劇に出る中学二年の滝瀬だった。
滝瀬は肩で息をしながら、俺に頭を下げた。
「お願いします! 僕と一緒にきてくれませんか!」
「……俺? そもそも、滝瀬は何を借りる訳?」
滝瀬は女の子みたいな可愛い顔を恥ずかしげに赤く染めると、借りるものが書いてある紙を俺に見せた。
「憧れの先輩……俺が?」
信じられなくて聞き返すと、隣で渉が思い切りふきだした。
「へ、平太が憧れとか……マジうける……あっはははは!」
「お前笑い過ぎだっつーの! ……どこに憧れてるのか聞かせてもらえる?」
猫を被って芝居を打っていた中学の時ならまだしも、今の俺に憧れる部分があるとは思えなかった。
この学園は割と偏差値が高いから、学園内では成績が突出して良い訳でもない。それに、部活に入っていないから、目立つ特技がある訳でもない。
だから聞いてみたのだが、そうすると滝瀬は少しはにかんで答えた。
「明塚先輩は、僕と同じで初心者なのに芝居がとても上手くて、僕、初めて見た時に感動したんです。それと、話したことがない頃は色々噂もあってあまり良い印象がなかったんですけど、実際話してみたらとても紳士的で優しくてかっこよくて……」
「そうなんだ、ありがとな。嬉しい」
条件反射的に軽く微笑んで答えてしまうと、渉は顔を引きつらせて「気持ち悪っ」と吐き捨てた。
「し、仕方ねえだろ条件反射で……つい中学の時の癖が」
「お前中学の時こんなキャラだったの? 王子様キャラ? 胡散臭すぎて気持ち悪いわ」
渉は引きつった顔で毒を吐くと、俺を惚けたように見る滝瀬を見て、さらに苦い顔になった。
「それで? 俺はどうすればいいの? 滝瀬とゴールまで一緒に走ればいい?」
問うと、滝瀬ははっとしたような顔になり、恐る恐る答えた。
「あ、あの……紙にはこんなことが書いてあって」
紙を覗き込むと、そこには「憧れの先輩に肩車してもらってゴール」と書いてあった。
「……やっぱり無理、ですよね」
いかにもか弱そうな見た目の滝瀬にそう言われると少し罪悪感が湧いてきて、「いいよ、してやるから」と答えてその場にしゃがみ込もうとした。
しかし、そんな俺を止めようと腕を掴んだ一つの手があった。
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