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7今日は晴天
真空さんが渋々首に掴まったのを確認して、俺は走り始めた。その光景を見てか、生徒席が徐々にざわめき出した。
真空さんは耳まで赤くして、周りを見るのも俺を見るのも恥ずかしくてできないのか、自分を見下ろすように俯いていた。そんな真空さんを見ているとキスをしたい衝動に駆られるので、俺は真空さんから顔を逸らして前だけを見て走った。
幸いにも他のお題も難しかったようで、多くの人が手間取っていて、俺と真空さんは二番目にゴールできた。
「おぉっと! 次にゴールしてきたのは前園、明塚の二人組だ! なんと、明塚くんが前園くんをお姫様抱っこしていますね! 一体どんなお題だったのか、聞いてみようと思います!」
放送部はそう実況した後、こちらに走り寄ってきた。そして、真空さんにマイクを向けた。
「前園くん、お題は何でしたか?」
真空さんはマイクに顔を向けつつも視線は逸らして、ぼそっと答えた。
「……『好きな人をお姫様抱っこするか好きな人にお姫様抱っこしてもらう』だった」
放送部は「おおー」と一度マイクを自分に向けてから、再度真空さんにマイクを向けた。
「明塚くんがする側、というのはどうやって決めたんでしょう?」
「決めたっていうか……話し合ったりする前に、平太に抱き上げられて」
言いながら恥ずかしくなったのか、さらに顔を赤くして、次いで俺を上目遣いで見上げた。
「平太、そろそろ下ろして……」
今周りに誰もいなかったら、間違いなくキスしていた。赤面した真空さんの上目遣いは、いつ見ても破壊力が高い。
「嫌です」そう言い切ってから、微笑んだ。「インタビューが終わるまでは、このままで」
真空さんは、そんな、とでも言いそうな顔になったが、何も言わずに俯いた。
「そうなんですか、それは意外でしたね……じゃあ、実際にされてみた感想は?」
「……かなり恥ずかしい」
放送部の問いに答えると、また同じことを言いたげに真空さんは俺を見上げた。俺はまた「駄目です」と笑った。
「じゃあ明塚くん! 実際にしてみた感想をお願いします! 明塚くんも、恥ずかしかったですか?」
俺に振られるとは思っていなくて「えっ、俺?」と聞き返してしまい、深く考えずに答えてしまった。
「いや……先輩が来るのは何となく分かってたし、今更お姫様抱っこくらいで恥ずかしくは……」
放送部は意外そうに目を瞬くと、にやけてから頷いた。
「いやぁ、ラブラブですね」
それを聞いてから、失言に気付いて俺は内心頭を抱えた。
放送部がそう答えたすぐ後に、また違う人がゴールしてきたので、放送部はまた、「お! 次にゴールしたのは――」とその場で実況しながら、ゴールに向かって走っていった。
それを見て真空さんを下ろすと、真空さんは真っ赤な顔を隠すように両手で覆ってその場にうずくまってしまった。
「真空さん、そんなに恥ずかしかったですか?」
聞くと、そのまま真空さんは頷いた。真空さんが照れ屋なのもあると思うが、お姫様抱っこはそんなに恥ずかしいのだろうか。
「その……周りに見られてるのも、恥ずかしかったし……平太がいつも以上にかっこよく見えたのも、恥ずかしかった」
胸がきゅうっと締め付けられた。真空さんは何の自覚もせずこういうことを言うから、本当に困る。
「そんな可愛いこと、言わないでください。キスしたくなります」
俺もしゃがみ込んで囁くと、真空さんはぴくっと僅かに体を震わせた。「ずるいって……」と小さく呟く声が聞こえた。聞こえていないと思っているのか。そうやって呟くところも可愛い。
「真空さん、立ってください。ゴールした人が並んでるところ、行きましょう。多分今、かなり注目されてますよ」
そうは言ったが、俺自身は注目されることは一向に構わない。注目されて、これを見せつければ、真空さんに悪い虫がつかなくなる。
以前ならこんなことは絶対に思わなかった。注目されてもいいと思えるのは、平穏に過ごすことよりもずっと、真空さんと過ごすことの方が大切だからだろう。
真空さんは小さく頷いて、立ち上がって歩き出した。その顔は真っ赤で心なしか目は潤んでいて、可愛くて仕方がなかった。
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