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9今日は晴天
真空さんはどんどんと肉薄していったが、それでも一位の生徒もなかなか速く、他の生徒のようにあっさりとは追い抜かせなかった。一位の少し後を真空さんがずっと追いかけて行く形になっていた。
もう少し、もう少しで一位なのに――そんなハラハラが四組の生徒全体に満ちていた。だけど、ゴールまでももう少しだった。
もどかしい気持ちに引きずられるように、俺は気付けば大声を出していた。
「真空さーん! 頑張れー!」
その声が聞こえたのか、真空さんはさらにスピードを上げ、……ゴールギリギリで追い抜かし、一位でゴールした。
わっと歓声が上がり、そこら中でハイタッチが起きる。
「渉! やったな、一位だってよ!」
言いながら後ろから肩を抱くと、渉は何度も頷きながら抱き返してきた。
「やったな! ……応援練習、頑張ってきてよかったなぁ……ぐすっ」
「うわっ、お前泣いてんの? マジかよ、っははは!」
渉が涙ぐんでいたので笑ってやると、「うるっせー!」と噛み付かれた。
「応援練習、色々揉めたけど当日こうやって成功して、選抜リレーも一位で……何か報われたなって思ったら泣きそうになったんだよ! 涙もろくて悪かったな!」
「誰も悪いなんて言ってねえだろ? いいじゃん青春で」
そう肩を叩くと、渉に「お前そういうとこホント冷めてるよな」と睨まれた。
「俺が冷めてるなんていつものことだろ」
肩をすくめてそう言うと、「まあそうだけど」と言いつつも「でも」と渉は続けた。
「平太、選抜リレーの最後はらしくなく熱くなってたじゃん。『真空さーん! 頑張れー!』って」
「……そんな風に言ってた、俺?」
渉の言い方が自分が思っていたよりも一生懸命な言い方で、俺は思わず聞き返した。渉は、ああ、と笑った。
「お前こそ青春じゃねーか。恋のチカラってやつ?」
「っるせえな、ほっとけ」
そうどつくと、にやにやと渉は笑って「誰も悪いなんて言ってねーじゃん」とお返しのように言った。
「……平太!」
選抜リレー終了後から閉会式までの僅かな時間、真空さんは俺の名前を呼びながら駆け寄ってきた。俺の近くまで来ると、にこにこと俺をじっと見つめていた。褒められ待ちなのが見てとれる。
「すごかったですね、最後。見てて感動しました」
真空さんは嬉しそうに頷いてから「ありがとう」と言った。
「多分一位になれたのは、平太のおかげだ。最後、平太が名前を呼んでくれて、それで頑張れた」
「本当ですか?」
「ああ。最後、名前を呼んでくれてありがとう」
真空さんは、輝くような笑顔を見せて、そう言った。
不意に、じんと胸にくるものを感じた。澄み切った深い青空の下で、汗を輝かせて爽やかに笑う真空さんは、本当に綺麗だと思った。
そんな笑顔が綺麗だという気持ちと、いつかこの笑顔を思い出として鮮やかに思い出すんだろうなという予感と、そんな今が尊いものに思える気持ちと、……安直な言い方をすればこれこそが「青春っぽい」となるんだろうか。
らしくなく何だか感動してしまって、そしてそんな自分が信じられなかった。――俺が学校行事で、感動する日が来るなんて。
思えば俺はずっと冷めていた。何が楽しくて今まで過ごしていたのかよく分からないほど。
『平太やったな! うちのクラス金賞だって!』
『平太くんが最後、リレーで一位取ってくれたおかげだよ! 本当にありがとう!』
中学の時は確か、そんなことを言われていた。輝くような笑顔を浮かべて、心底嬉しそうで、皆一様にそんな顔で俺を褒め称えていた。
俺は皆がどうしてそんなに喜んでいるのか分からなくて、何がそんなに嬉しいのか、と心の中で首を傾げていたような気がする。だけど俺は笑顔を浮かべて
『ああ! 本当に嬉しい、皆、今までありがとな!』
なんて、思ってもみないことを言っていた記憶がある。
小学校の頃は確か、兄貴が一番荒れていた時期で、兄貴は悪い意味での有名人になっていて、その延長線上で俺まで怖がられ避けられていた。だから、学校行事なんて楽しんだ記憶がない。それどころか、まともに参加しなかった気がする。
皆が行事に向けてわいわいと準備をしている中、俺は幼馴染と学校を抜け出して、二人でだらだらと公園で過ごしたり、そもそも学校に来ずに家で一人で過ごしたり、そんなことばかりしていた。
なので、学校行事なんてもので感動した記憶はない。それどころか、日常生活で感動した記憶もほとんどない。
だからこそ、学校行事でこんなに感動している自分が信じられなかったのだ。
それもこれもきっと、真空さんの、それと、素でいても仲良くしてくれる渉のおかげだろう。
「……平太? 俺、何かおかしいことでも言ったか?」
俺を訝るように真空さんが尋ねる。それで、俺が今まで黙り込んでいたことを思い出し、俺は笑いながら首を振った。
「何でもないです。ただ、少し感動しただけです」
――今日は晴天。今までの曇天が嘘みたいに、青く晴れ渡っていた。
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