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1才能の使い道
舞台裏の独特な雰囲気は、何度体験しても慣れない。華やかな舞台とは裏腹に、薄暗くて色々な機材が置いてあって、沈黙の中に本番への期待と緊張と不安がぎゅっと詰まっているような、あの雰囲気。
どうしても毎回、異質な雰囲気に煽られるように緊張が高まってしまう。心臓が耳にあるのかってくらいにどくどくと鳴って、手にじっとりと汗をかいてしまう。
「……緊張してます? 真空さん」
平太が小声で問いかけてくる。頷くと、平太は俺の手を両手でそっと包み込んで、笑った。
「大丈夫ですよ、あんなに練習してきたじゃないですか。いつも通りやるだけです、失敗なんてしませんよ」
「だけど……やっぱり、緊張するものは緊張する」
「真空さん、実はあがり症ですか?」
首肯すると、「へえ、意外です」と平太は反応した。
「緊張なんて、あんましなさそうです」
「そんなことないぞ。特に舞台祭は、毎回重要な役が当てられるからかなり緊張する。今回は主役だしな」
「そうなんですか。……あ、だから演技上手いんですね」
「上手いって……平太には言われたくない」
思わず呟くと、平太は「そんなに演技上手いですか、俺?」と首を捻った。
その返答に思わず耳を疑った。――上手いなんてものじゃない。一人だけ格が違うのだ。
子役だったと言われても恐らくすんなりと納得できるだろう、それぐらい平太は演技が上手い。しかし中学の時は学校行事で劇なんてなかったし小学校では不参加だったから、経験はゼロだと言っていた。だとすればきっと、天賦の才能なんだろう。
惚れたひいき目ではない。平太の演技を見た全員が全員同じようなことを言っている。
そんなことを思いながら、俺はふと、練習時のことを思い出した。
「……じゃあ、練習を始めます。まずは最初の練習なので、台詞の読み合わせから」
仕切り役である二年の学級委員がそう言って、台詞の読み合わせが始まった。
王の役が今日はいないということで、最初の方のシーンなど、一部は明日に後回しをされて読み合わせが進んだ。
最初なだけあって読み合わせは大抵の人が棒読みで、演技初心者はところどころつっかかりながら読んでいた。演劇部はさすがというか、読み合わせの段階で大方役に入り込んでいた。
俺はといえば、つっかえずに読むので精一杯だった。ちゃんと家で何度も読み返して、練習だってしたのに、いざ読むとなるとやっばり、役に入り込むのは難しかった。
平太は心なしか少し退屈そうな顔で台本を眺めていた。しばらく台詞がないからだろうか。しかし自分の台詞――レアティーズがフランスへ出発する前に妹オフィーリアと会話するシーン――がくると、途端に表情を明るくして、息を吸い込んだ。
『必要なものは船に積み込んだ。お別れだ』
その場にいた誰もが呆気にとられたのが分かった。今日は読み合わせ、この台詞をこうやって言うのは初めてのはずなのに、既にレアティーズの役を掴んでいるような言い方だった。
平太はふっと柔らかい笑いをこぼすと、妹を慈しむような声色で繋げた。
『妹よ、風向きがよく船便がある時は手紙を寄越すように』
オフィーリア役の滝瀬はぽかんと口を開けていた。俺ももしかしたら、そんな顔になっていたかもしれない。平太に圧倒されたのだ。
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