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2才能の使い道
「滝瀬、次、お前だぜ」
平太が訝しむように急かしてからようやく、滝瀬は慌てて台詞を読んだ。
「あ、は、はい! 『ええ、もちろんよ』」
平太はそれを聞いて、口をつぐんだ。何かあったのか、と注目していると、平太は少ししてから不意に、思い出したような声色で言った。
『ハムレット様のことだが、色々お目をかけてくださっているのは、若さゆえの気まぐれだと思っている』
そのあまりに自然な調子に驚いて、次いで黙ったのではなくわざと間を置いたのだ、と気付き、少しぞくっとした。
平太はそして、声をワントーン明るくして、さっきより少し力を込めて続けた。
『人生は春に開いたすみれの花。早咲きだが長続きしない。美しいがすぐ萎む。束の間の慰め、それだけのことだ』
「……あ、そ、『それだけかしら?』」
滝瀬が棒読み気味に焦って続けると、『そう考えるな』と戒めるように平太は囁いた。
『人の成長は手足が伸びるだけではない。体という神殿が大きくなるにつれ、うちに祀った魂と心の働きも広がってくる。今はお前を愛してくださっているかもしれない。その欲望も、今は一点の汚れも偽りもないだろう』
妹を諭すような調子で、畳み掛けるように平太は言う。
『しかし気をつけろ、高いご身分ゆえ自分のお気持ちすらままならぬ。ご自身がそのお生まれに縛られていらっしゃる。下々のように好き勝手な真似はできない。誰を妃に選ぶかに国家の安泰と存亡がかかっている。それゆえあの方の嫁選びには、あの方を主君とする国民全体の声を聞き賛同を得なくてはならぬ』
俺含め、全員が平太の――レアティーズの長台詞に聴き入っていた。平太は難解な台詞を、初めての練習にも関わらず、既に自分のものにしていた。
『だから愛してると言われてもほどほどに信じておくのが懸命だ。特別な立場にある者として、国民の総意が伴わなくては、約束を果たすこともできぬのだ。その気になって口説に耳を傾け、我を失い、求められるまま大切な操の宝箱を開けようものなら、お前の名誉にどれほどの傷がつくことか』
その場の主導権を平太が全て握っているようだ。教室には平太の声が朗々と響くばかり。
『気をつけろ、オフィーリア』と警告するように声を一気に潜めると、語るようにまた声を響かせた。
『恋の戦では常にしんがりに控えて、愛欲の矢面に立たぬべきだ。悪い虫がつけば春の花も萎み、蕾のまま枯れる。青春の朝露に濡れたものほど病気にかかりやすいものはない。用心しろ。危ないと思った方が安全なんだ。若いうちは抑えが効かぬ。自分にさえも歯向かうものだ』
平太の声が凛と響くと、教室が沈黙に包まれた。圧倒されて何も言葉が出ない。気付けば鳥肌が立っていた。皆魂を抜かれたように黙りこくっていた。
その沈黙を破ったのは、名元だった。
「――す、すごいよ明塚くん! いつか僕が見に行ったハムレットの舞台の役者と同じくらい、真に迫った演技だったよ! 今はただの読み合わせだけど、それでも拍手を送りたいくらいだ」
そう言ってから軽く拍手をする名元。つられて俺も拍手をすると、一人また一人とつられて拍手をし、ついにはその場の全員が平太に拍手を送った。
「……何だこれ」
心底困り果てたように平太は後頭部を掻いた。
「大げさじゃね? 俺は別に、つっかえずに読めるまで家で練習してきただけだし、声の表情とか抑揚とかも全部勘でやってるだけだし、役者と同じくらいとか……」
言いながら、全員の顔を見て、平太は口をつぐんだ。そして、ため息を吐いて呟いた。
「頼むから皆、そんな感動した顔なんてしないでくれよ。……続き、滝瀬の台詞からやろうぜ」
その言葉に促されたように滝瀬は続け、その後も最後まで通せたが、皆どこか心ここに在らずといった様子だった。
恐らくその日の練習では、皆の頭の中には「平太の演技力は凄まじい」ということしか残らなかっただろう。
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