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3才能の使い道
帰り道、平太はふと呟いた。
「……今日の皆の反応、大げさ過ぎましたよね? あんな大して上手くもない演技であそこまで驚かれても」
俺は「何を言っているんだ」と食い気味に否定した。
「平太の演技力は凄まじかった。あんな才能があるなんて知らなかった。お前、一体どんな練習をしたんだ?」
どんなって言われても、平太は苦笑すると、悩みつつ答えた。
「強いて言うなら……自分と自分の前後の台詞は把握して、あとは……レアティーズがどんな人物かっていうのは読み込んできました。それぐらいですね」
練習内容を聞いても、そんなに奇をてらったものはない。面倒くさがりの平太にしては、きちんと練習をしてあるな、と思う程度だ。
なら、本当に才能の賜物だろうか。俺は平太にこう尋ねた。
「……その練習内容で、どうしてあそこまで完璧な演技ができるんだ?」
「完璧な演技なんてしてないですよ。あれぐらい、勘で何とかできます」
何でもないことのように言う平太。……あれば間違いなく、勘で何とかできるレベルじゃない。しかし本人には、その自覚が一切ない。
「……ああでも、あえて演技がそれなりに上手い理由を挙げるとすれば、一つありますよ」
思い出したように平太が言う。何だと問うと、平太は軽い口調でこう言った。
「俺、普段からずっと演技してたんですよ、昔は」
「……どういうことだ」
不穏な空気を感じながら尋ねると、「聞いてて楽しい話じゃなくなっちゃうんですけど」と前置きしてから話し出した。
「俺、小学生の頃は友達がいなかったんですよ。その頃は本当に兄貴が荒れてて、喧嘩に夜遊びに酒に煙草に親父狩り……考えつく大抵の不良行為はしてましたね。そのせいで近所の評判は最悪で、あの家の子とは仲良くしちゃいけないって噂になって、小学校では、全くと言ってもいいくらいに話しかけられなくて」
「……お前、それ、兄貴を嫌いにはならなかったのか」
平太は笑いながら言った。
「嫌いになるに決まってるじゃないですか。あの頃は嫌いを通り越して憎んでましたよ、兄貴さえいなければ友達ができたのに、兄貴さえいなければ父親とも仲良くできたのに……って」
だけど、と俺は言いかけて口をつぐんだ。今は仲が良さそうじゃないか、と言おうとして、本当は仲が良くなかったらどうしようと思ったのだ。
しかしそんな葛藤は見抜かれたようで「だけど、今は違うって?」と平太は訊き返した。頷くと、そうですね、と平太はまた話し出した。
「今は違いますよ。今だったらちゃんと、兄貴は一人で何か抱え込んでて、それがどうしようもなくなって荒れちゃったのかな、って分かりますし、分かりにくい部分で兄貴が俺をすごく気遣ってるのも伝わりますし、兄貴がいなければ俺が父親に虐待されてたのかな、とも思いますし」
平太の話は何気ない調子で続くが、ところどころ見える暗い部分に、俺は何と言っていいか分からなかった。
平太は、反応に困っている俺を見兼ねたが、苦笑いをした。
「この話やめます? 聞いてて面白くないですよね」
「……いや、続けてくれ」
平太についてのことはどんなことだって知りたい。暗い話はどう反応すればいいかわからないだけで、決して聞きたくない訳ではない。
平太は頷いて、話を続けた。
「とにかく、小学生の頃は友達がいなくて、これじゃ駄目だと思ったので、中学は遠くに行くことを決めたんです。それで中学では友達が欲しいなと思って、人気者はどんな行動をとってるのか観察して、そこからどう演じれば人気者になれるかっていうのを導き出して、中学ではそれの通りに人気者を演じてました。そして計算通り、俺は学校中の人気者になれました」
「……計算高いな」
「俺もそう思います。小学生でよくああも人間観察できたなとも思います。……演技の才能というより、演じることの慣れと、私情を挟まず冷静に演じたいものを分析できる能力があるのかもしれないですね」
少し空恐ろしいものを感じた。それからふと、ある怖い考えが浮かんだ。
「もしかして、今のキャラも、」
「――それは演技じゃないです。そもそも、このキャラも演技だとしたらこんな話、すると思います? 今は素で、真空さんを好きで信頼してるから、こんな話してるんです」
平太は俺の言葉を途中で遮って、心外だという調子で言った。遮られてから、これではまるで平太を信頼していないみたいだと思い、反省した。
「……すまん」
「別に謝らなくてもいいですよ。ただ、今は素なんだってことをどうしても分かって欲しかったんです」
平太はそう言うと、ふと足を止めた。見ると、既に俺の家の前まで来ていた。
平太は俺を軽く抱きしめると、囁いた。
「真空さんの前では演技なんてしませんよ。信じてください。こんなに好きな人の前で、演技なんてするはずがないじゃないですか」
顔がかっと熱くなった。不意打ちで口説かれると、本当に困る。恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。
平太は一度頭を撫でると俺を離し、「また明日」とふっと微笑んで、踵を返した。
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