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4才能の使い道
「……大丈夫ですか、顔が真っ青ですけど」
平太が小声でそう心配してくる。それも仕方がない。もう既に劇は始まっていて、出番までもうすぐなのだ。
吐きそうだと答えると、平太は苦笑した。
「そんなに思い詰めないでください。大丈夫ですよ、ずっと真空さんの練習を見てきた俺が言うんだから間違いないです」
そうは言われても緊張感は変わらない。失敗したらどうしようという不安だけが募る。
対する平太は平然としていて、いつもと何も変わらない。俺を気遣う余裕すらあるくらいだ。
「お前は緊張しないのか」
そう問うと、平太は「そうですね」と頷いた。
「いつも通りにやればいいだけですから。それに、失敗したらどうしようってずっと気に病んでた方が失敗すると思うので、俺は自分が失敗するなんて一切考えてません」
俺には真似できない心臓の強さだ。この度胸も含めて、平太はやっぱり芝居向きだと思う。
「……あ、もう第一幕の第一場が終わっちゃいますね。もうそろそろ俺たちの出番です」
その平太の言葉で心臓が嫌に高鳴る。少し落ち着いてきていたのに、一気に焦りで頭がいっぱいになる。
平太はそんな俺を見て、苦笑を零し、いきなり顔を近づけてきた。一体何だと混乱していると――平太は何の前置きもなしに、唇を軽く重ね合わせてきた。
何も言えずに固まっている俺に平太は微笑むと、囁いた。
「真空さんがあまりにも緊張してるので。おまじないです、失敗しないための」
顔が一気に熱くなるのを感じた。一瞬、舞台のことが頭から飛んだ。
「あは、真っ青だった顔が真っ赤になりましたね」
そう平太は悪戯っぽく笑う。
「こ、こんなことされたら余計ドキドキする……」
「でも、本番の緊張は吹っ飛びましたよね?」
そう、からかうように笑う平太へのドキドキが止まらなくて、かっこよくて堪らなかった。
平太が言ったすぐ後に、第一場が終わり、一気に退場してきた。
「行きますよ」
そう平太は俺に言い、すっと顔を引き締め、舞台上へ向かった。俺は他の役全てが入場してから遅れて、伏し目がちに入場した。
「さて――レアティーズ! どうしたかな、願い事があると言っていたが、何だねレアティーズ。筋の通ったことであればこのデンマーク王、何でも答えてやろう。何が欲しいのだレアティーズ、わざわざ願わなくても何でも許そうぞ。何しろこのデンマーク王とお前の父親は、いわば頭と心臓、深い関係にあるのだ。口につかえる手以上にな」
劇は進み、王役の生徒が威厳のある演技をし、はっはっはと豪快に笑ってみせた。そして再度「何が望みだレアティーズ」と問いかけた。
すると跪いていた平太はすっくと立ち上がり「陛下!」と凛と口を開いた。
「フランスへ戻るお許しをください。自分は、陛下の戴冠式に参列するために、喜び勇んでフランスより帰国いたしましたが、正直に申しまして、その務めも終わり、思いは再びフランスへと向かっております。どうぞご寛大なお許しを」
空気感が変わったのを感じた。
王役の生徒の演技も、練習を積み重ねてきただけあって確かに上手い。だけどあくまで、学生演劇の枠から超えることはなかった。
しかし平太はどうだ。「陛下!」と一言で、場を王の間に変えてしまった。いつも以上に、すごい。観客席が息を呑んだのを感じる。
王役の生徒は、一瞬気圧されたような表情になると、すぐに気を取り直して演技を続けた。
そうして第一幕の第二場は無事に終わり、劇は続いていった。件のレアティーズとオフィーリアの会話の場面は、練習以上に平太の演技が上手くて、きっと観客の誰もが平太に目を奪われたに違いないと思った。
何事もなく続いていったのだが、第五幕の第一場、気が狂い挙句命を落としたオフィーリアを墓場で弔う場面で、ハプニングが起きた。
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