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5才能の使い道

「葬儀は教会の権限が許す限り最大限行いました。死因に疑わしいところがあり、陛下が慣例を曲げるようにとお命じにならなければ、最後の審判の日まで、祝福を受けぬ土地に埋められていたはずです。乙女として墓に花を撒き、鐘を鳴らして、埋葬の儀式をしているのです」  司祭役の生徒が厳かに告げる。それを受けて、平太が必死の形相で噛み付く。 「これ以上は駄目なのか!」 「駄目です! 厳かな鎮魂歌を歌ったりしては、静かに息を引き取った他の人々の葬儀を、冒涜することになります」 「土に埋めろ!」  自棄になったように平太が叫ぶ。その響きが、本当に愛する妹を喪った兄の悲痛な叫びに聞こえて、寒気がするほどの感嘆を覚えた。 「……その美しく穢れなき体より、すみれの花よ、咲き出でよ」  さっきの叫びから一転、平太は墓と司祭に背を向け、滲んで震えた声でそう囁くと、鼻をすすり、恨み言を喚いた。 「薄情な司祭め……俺の妹が慈愛の天使となる時、お前は地獄に堕ちて喚くがいい!」 「なに……美しいオフィーリアが」  俺はそう呟いた。大丈夫、きちんと練習通りにできている。震える手を隠すように、そっと握りしめた。  母のガートルード役の生徒と平太が墓である舞台の真ん中に歩み寄り、演技を続けた。 「美しい娘に美しい花を。さようなら、ハムレットの妻になってくれたらと思っていたのに、その新床に撒こうと思っていた花を、お墓に撒くことになろうとは」 「この堪え難い悲しみ……三十倍にもなってあの呪わしい奴の頭に降りかかれ。お前から生き生きとした理性を奪った、あの極悪非道の奴の頭に!」  母ガートルード役の生徒がそう言いながら花を墓に置くと、平太は続けて吐き捨てた。  それは、妹を喪った苦悶と怨念を凝縮したような、観客や演者含め、見る者全てを圧倒する演技だった。 「待て、土をかけるな! 今一度この胸に抱きたい」  墓堀り役の生徒が土をかけようとするのをすぐさま遮ると、平太はオフィーリア役の滝瀬に駆け寄り、滝瀬を両腕に抱え上げた。そして悲しみに歪んだ顔で上を仰ぎ、絞り出すように叫んだ。 「さあ! 生きている者諸共に土をかけろ! ピーリオン山より高く、雲より高くそびえる青きオリンポス山に劣らぬほど! 山と盛り上げるがいい!」 「何事だ! そんなに大仰に嘆いてみせるのは、その嘆き節で空を巡る星に魔法をかけ、驚きのあまり止まらせようとでもいうのか」  ホレイショー役の生徒の制止を振り切り、俺は平太に走り寄りながら、凛と告げた。 「私だ、デンマーク王子ハムレットだ!」 「悪魔に取り憑かれろ!」  平太は憎悪を凝り固めたような声で叫びながら、俺に掴みかかってきた。  それが本当に怒りのあまり我を失っているように思えて、一瞬ここが舞台で劇の最中だということを忘れた。そして少し気が逸れただけで――元々台詞の量が多くていっぱいいっぱいになっていたせいだろう――次の台詞が吹っ飛んでしまった。  目の前が真っ暗になる。思い出そうと焦っても、焦れば焦るほど思い出せない。どうしよう、どうしようここまで頑張ってきたのに――これでは劇が台無しだ。  今までの練習風景が、本番直前に全員で円陣を組んだ景色が、ふっと頭に浮かぶ。猛烈な後悔と焦燥が俺を襲う。 「二人を引き離せ!」 「ハムレット!」  そう王の役の生徒と母の役の生徒が叫び、舞台上の生徒が何人も止めにかかる演技のため駆け寄ってきたので、まだよかった。俺は焦りで頭がいっぱいで、表情にまで気が回らなかったからだ。  ただただ焦燥に駆られてまともに演技ができない。何もできないその時間が、永遠にも思える。  それを平太は悟ったのだろうか、俺に掴みかかる演技を続けながら、俺だけに聞こえるようにかなりの早口でそっと囁いた。 「俺はオフィーリアを愛していたお前はオフィーリアのために何ができるというのだ墓に飛び込んで俺に見せつけようとでもいうのか一緒に生き埋めになるというのなら俺だってそうしてやる山と土をかけるがいい」  その言葉を聞いて、ようやく頭がまともに回り出す。だけど全員の演技は、俺の心情なんかお構いなしに進む。俺は何人もの生徒に取り押さえられ平太と離された。  俺は深く考えるよりも先に、とにかく叫んだ。 「俺はオフィーリアを愛していた! お前はオフィーリアのために何ができるというのだ!」

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