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6才能の使い道
「奴は気が狂っているんだ」
半ば惰性のように狂った演技を続ける。周りはそれに気が付かず、いつもの通りに演技を続けている。
王の役の生徒が言うと、母の役の生徒がそれに続ける。
「後生ですから相手にしないで」
だんだん今までの練習してきた記憶が戻ってくる。
「墓に飛び込んで俺に見せつけようとでもいうのか! 一緒に生き埋めになるというのなら――」
取り押さえていた生徒を跳ね飛ばし、滝瀬の元に駆け寄る。大丈夫、このままいけば大丈夫だ。
「――俺だってそうしてやる。山と土をかけるがいい!」
「これは全くの狂気です! しばらくの間はこのように発作が続きますが、やがて孵ったばかりの二羽の金の雛を抱く雌鳩のように大人しくなり、黙ってじっと座り込みます!」
狂った演技を俺が続ける傍ら、母の役の生徒はそう台詞を吐いた。
「なあ君……どうして俺をこんな目に遭わすのだ……俺は君を愛していた……」
滝瀬を両腕に抱え、掠れた声で俺は囁いた。俺はただ、無我夢中で演技を続けた。俺は声色を変え、続けた。
「しかし……もうどうでもよいことだ」
舞台がしんと静まり返り、俺以外に動いている演者はいない。俺に注目が集まる中、俺は、滝瀬を床に置き、その場からゆっくりと離れ、そして舞台から走り去って行った。
「ホレイショー、着いていけ!」
王の役の生徒の声が背中を追いかける。
俺はその勢いのまま退場して、観客に見えないところまで来ると、その場にうずくまった。
体に力が入らない。今頃になってようやく、冷や汗がどっと出てきて体が震えた。――よかった、無事に乗り切れた。失敗しなくてよかった。震える体を抑えるように、俺は両手をきつく握り込んで何度も深呼吸をした。
「――真空さん」
いつの間にか舞台に残った生徒の演技も終わり、全員がはけてきた。そして耳の近くでそう声が聞こえ、顔を上げると、そこには平太がいた。
「すまない平太、本当にすまなかった……」
そう謝ると、平太はふっと笑った。
「真空さんはずっと忙しかったんですし、一番台詞も多い上に全て難解なものばかり、忘れてもおかしくないですよ。むしろ、忘れたのが俺と絡んでいる時でよかったじゃないですか。こうして俺がサポートできました。結果オーライですよ」
本番中、それも大事な時に台詞を忘れるなんて、責められて当然の行為だ。なのに平太は、そう俺を気遣うように笑うだけ。平太の優しさが胸に沁みた。
平太は軽く俺の頭を撫でると、「さあ」と立ち上がった。
「次、ハムレットとホレイショーのシーンですよ。さっき失敗したんですから、もう悪い運は使い切りましたよ。大丈夫です、頑張って」
俺は頷いて立ち上がり、舞台に出て行った。
「――このような光景は、戦場にこそふさわしい。……兵士たちに命じるのだ、大砲を、撃てと!」
フォーティンブラス役の名元の声が響き渡ると、舞台は暗転した。
――劇が終わった。不思議と現実味がない。リハーサルが終わった、としか思えない。
聖歌のようなBGMが流れ出す。カーテンコールが始まる合図だ。
「行きましょう、真空さん」
平太が晴れやかに笑う。舞台裏で暗いのに、その笑顔はきらきらと輝いて見えた。
次々と生徒が入場していく。俺はレアティーズ役の平太とオフィーリア役の滝瀬が入った後、一番最後に入場した。
入場して真ん中に行き、前を見た途端、視線が全てこちらに向いているのを感じた。演技中は決して見なかった客席だが、皆一様に、晴れやかな顔で拍手を送っていた。不意に泣きそうになる。その光景が、胸に深く沁み渡った。
傍らの平太と滝瀬と手を繋いだ。もう既に皆手を繋いでいて、後は俺が両手を上げるだけだった。
平太が俺の顔を見て、笑みを零す。俺は軽く頷いた。
『ありがとうございました』
そう心の中で呟き、俺は両手を上げ、そして下ろしながら頭を下げた。皆俺に従って、頭を下げた。下げた頭に、雨のように拍手が降り注いだ。
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