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9才能の使い道
その隙を逃さずに平太は、愛想のいい顔を崩さずに重ねた。
「兄は恐らく反対すると思います。うちには、芸能界を選べるほどの金銭的な余裕はないので。……なので、お引き取り願えますか?」
彼はまだ何か言おうとしたが、何も言えなかったようだ。とにかく、平太の手に名刺を押し付けて、こう言って去っていった。
「……高校卒業後、いや、大学卒業後でも構いませんから、もしも考えが変わったら、ぜひこちらの番号にご連絡ください!」
彼が去っていくと、その場はしんと静まり返った。平太は、長くため息を吐くと、ぼやいた。
「……ふざけんなよ。ったく、押しが強すぎんだろ」
平太のぼやきを皮切りに、会話がその場に戻った。
「どうするんだ、その名刺」
問うと、平太はじろじろと名刺を眺め、やがて手帳型のスマホケースのポケットに入れた。
「捨てるのはさすがに気が咎めるのでとっておきますけど……使う機会は多分一生来ないですね」
それから平太は、ため息をまた吐いた。
「あそこまで言わないと帰って来れなさそうな勢いだったので、親がいないって言っちゃいましたけど……何言わせてんだよあの人」
そして平太は、悪戯っぽく笑った。
「ま、半分嘘ですけどね。親がいないのは本当ですけど、兄貴は絶対反対しません。どころか、面白がって勧めてきますよ。挙げ句の果てには勝手に事務所に連絡して、勝手に契約しちゃいそうです。母の遺産と父の仕送りのおかげで、そこそこお金に余裕はありますし」
「そういう人っぽかったしな、お前のお兄さん」
はい、と平太は苦笑した。
そして平太は、思わずといった調子で呟いた。
「はー……まさか、舞台祭で俳優にスカウトされるなんて、思いませんでした」
「他の場所で、されたことはあるのか?」
含みのある言い方に聞こえて問うと、平太は頷いた。
「まあ、中学の時に何度か。……でも、こんなに押しの強い人は初めてです。そんなに自分の演技がすごいなんて思えないんですが」
俺が何度も首を横に振っているのを見たのだろう、平太は苦笑した。
「……演技が上手い方なんだ、ってことにしときます」
「そうしてくれ」
平太の演技の才能は、確かに日常生活で育まれたものだから、円滑な人間関係のため活用するのももちろんいいと思う。
だけど、明らかにそれだけではもったいない。彼の言う通り、平太の才能の使い道は、日常生活以外でも十分にあるものだと思うのだ。
とは言っても、平太がやろうと思わない限り、そういう道で使われることは一切ないだろう。とてももったいないと思うし、俺は個人的に、もっと大きな舞台やテレビ越しに、平太の芝居を見てみたい。
「もったいないと思うんだがな、平太のその演技の才能を活かさないのは」
「もったいないって言われても。俳優なんて嫌ですよ」
苦い顔で首を横に振る平太。その反応があまりにも予想通りで、俺は思わず笑ってしまった。平太もそれにつられて笑いを零した。
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