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2王子様と執事

 衣装を着終わって教室に入ると、周りから感嘆の声が漏れた。芸能人にでもなった気分になって、かなり居心地が悪くなる。 「すっげ……かっこいいな」  渉も思わずといった調子で呟いた。渉が俺を褒めるのがおかしくて、「お前が俺を褒めるなんてな」と言うと、いや、と首を振った。 「お前じゃなくて、お前にこんだけ似合う衣装を作った俺自身に感動してた」  ただでは決して俺のことを褒めないのが渉らしいと思い、俺は苦笑した。 「じゃあ、今から青薔薇渡すから『エドワード王子ですか?』って言われた時のシュミレーションやれよ。三、二、一、スタート」  エドワード王子というのは俺がやる役の名前だそうだ。俺は渉の無茶振りに「ちょ、今かよ」と笑い混じりに言いつつも、息を吸って、気持ちを切り替えた。 「ああそうさ。それで、君は……」  目で青薔薇を渡せと訴えかけると、慌てて渉は青薔薇を差し出した。 「これは……青薔薇じゃないか! これをどこで? いや、そんなことはどうだっていい。ありがとう、これで僕は元の世界に戻れるよ!」  驚いたように目を見開き、次いで顔を明るくしてから青薔薇を渉の手ごと両手で握ると、渉は「うわっ」とびっくりしたような顔になった。  俺はそして渉の手から青薔薇を受け取ると、続けた。 「本当にありがとう、君は僕の恩人さ。何か僕に礼をさせてくれないか? ……ああだけど、どうすればいいのか見当もつかない。どうしようか……」  困ったように眉をひそめて顎に手を当て、それから渉を促すように見た。渉は「あ、そっか」と思い出したように言った。 「ここで写真を撮るのか。じゃあ、写真お願いします」  俺に声をかけた人全員に何かを渡したりするのは、それを作るのも俺が持っているのも大変、ということで、俺に声をかけて一緒に撮った写真を受付に見せ、景品をもらう、という形にしたのだ。そうすればコストもかからないし楽だ。  渉はそう言いながらカメラを起動させるフリをして、スマホを構えた。 「僕は、これを見ていればいいのかな?」と言いながら俺がそっと渉の肩に手を添えると、渉は複雑な顔になりつつも「はいチーズ」と撮るフリをし、スマホを下ろした。 「はい、ありがとうございました」 「こんなことで礼になるのなら、いくらでも協力するさ。……じゃあ僕は、もう戻らなくては。本当にありがとう、君のような人に出会えてよかったよ」  業務的に言う渉に、俺は柔らかく微笑んで、それから踵を返し――振り向いて渉の方へ戻りながら「どう? こんなかんじでいい?」と問いかけた。 「正直に言って――」思いっ切り嫌そうな顔になる渉。何を言うのかと思っていると「――すげーいいと思う。本当に王子みたいだったし、うっかり惚れそうになった」 「いいんならそんな嫌そうな顔すんなよ」 「お前相手にドキドキしちゃってすげー嫌なんだよ。自分をぶん殴りてー。最悪」 「ふは、仕方ねえよ俺はかっこいいから」  冗談めかして髪をかきあげてみせると、冗談というのが分かっている渉は「マジふざけんな」と舌打ちしつつもにやけていた。 「もうすぐで文化祭始まる時間だけど……俺、二年四組見てきていい?」  問うと、「見てくれば? んで、その後戻ってこねーで校舎内ぶらぶらしてろよ。校舎内ぶらぶらして話しかけてきたやつに対して演技するのがお前の仕事だし」と追い出すような仕草をする渉。それが渉なりの気遣いということが分かって、俺は苦笑しながら教室を後にした。  二年四組の出し物は執事喫茶。ベタだが、だからこそ人気が出ないはずがない。  ちらと教室の外から中を覗くと、真空さんは執事服を着てクラスメイトと話していた。遠目から見てもその真空さんはかっこよくて、だけど話を遮るのも悪いと思い、遠目から見るだけで立ち去ろうとした。  だが、不意に真空さんが教室の外を見たので、目が合った。目が合うと真空さんは、ぽかんとした顔になった。  曖昧に笑うと真空さんはしばらく俺をぼうっと見つめ、やがて会話していたクラスメイトに断りを入れ、こちらに駆け寄ってきた。 「平太、その……ええと、その衣装」  駆け寄ってきたあと真空さんは、俺と目を合わせようとせずに視線を下にやって、ぼそぼそと呟いた。あえて何も言わずに待っていると、真空さんは顔を赤くして、呟いた。 「……か、かっこいいな……」 「そういうことは、こっち見て言ってくださいよ」  顎に手をかけて俺の方を向かせると、真空さんは耳まで顔を赤くした。 「わ、あ、あの……すごくかっこいいです……」  消え入りそうに答えると真空さん。ああどうして、この人はこんなに可愛いんだろう。抱き締めたい衝動もキスしたい衝動も何とか抑えて、俺は微笑んだ。 「ありがとうございます。じゃ、また後で働いてる姿見に来ますね。どうせ俺、校舎内をずっと歩いてるので」  そう言って背中を向けて少しして、後ろで「かっ……こよかった……」と呟く声が聞こえた。真空さんは言葉にならないくらい可愛い。俺はそうしみじみ噛み締めた。

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