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5王子様と執事

 アカはその後、ぐっと目元を拭うと俺にこう尋ねた。 「トイレ、こっからどう行きゃいいの?」  顔でも洗うのだろうか。俺はそう思いながら「この階段降りてすぐのところにトイレならある」と答えた。  アカは「分かった」と頷いて、俺の方も見ずに階段を駆け下りていった。俺は、アカが行って少ししてから戻ろうと思いながらアカの背中を見送っていた。  少し経ってから、さあ戻ろうと階段を下りていると、ふと、階段を下りた先の物陰に誰かの影があるのに気付いた。気になって覗き込むと、そこには真空さんがいた。  真空さんは俺と目が合うと、バツが悪そうに目を逸らした。 「……聞いてました?」 「いや、その……悪い。休憩入ろうと思って教室を出た時にたまたま、お前があいつと二人でどこかに行くのが見えたから、ちょっと気になって……後をつけて盗み聞きして、すまなかった」 「構いませんよ。今のは、中学の時の友達です。……心配しないでください、俺は真空さん一筋です」  真空さんは、顔を赤くして俯いて、「……ああ」と嬉しそうな笑顔になった。 「……わ、ちょっと、平太……!」  人もいないからか、俺はつい真空さんを抱きしめてしまった。 「いいじゃないですか、どうせ誰も来ませんよ」  耳元でわざと声を掠れさせて囁くと、真空さんは僅かに体を震わせた。 「そういう問題じゃ……」 「じゃあどういう問題ですか」俺はさらに耳に口元を寄せた。「――嫌?」  真空さんはさっきよりも大きく体を震わせた。 「嫌、じゃ……ない、です」  真空さんのスイッチが入った瞬間は分かりやすい。顔も声も甘くなるし、何より口調が敬語になる。  俺は耳元で軽く笑い、反対の耳を指でねぶるように撫でた。それだけで真空さんは「ひぁ……」と微かに声を漏らした。 「どうしました?」  吐息交じりにわざと低い声で尋ねつつ、耳をねっとりと舐める。すると思った通り真空さんは体を震わせ「んんんぅ……」と甘い吐息を漏らした。  しばらくまともにしていないせいだろうか、真空さんはいつも火がつくのが早いが今日は更に早い。  すぐ近くで真空さんの熱い息遣いが聞こえる。やがて真空さんは、切なげに太ももを擦り合わせ始めた。  それに気付いて、だけどあえて何も言わずに抱き締めていると、すぐに真空さんは、小さな甘い声で呟いた。 「したい、です……ご主人様ぁ……」  さすがにこれは、クる。真空さんを犯したい衝動が一気に俺を襲う。でも俺はぐっと堪えて、尋ねた。 「何を? 何をどうしたいんですか?」  嘲笑交じりに聞くと、真空さんはすっかり欲情してしまったかのような声で答えた。 「はぁっ……ご主人様のおちんぽ……淫乱な、雌犬に……はーっ……挿れてぇ……ほしい、です……」 「呆れた、今文化祭中ですよ? なのに思いっ切り発情しちゃって。きっとこんなどうしようもない駄目な生徒、他にいませんよ」 「はぁぁんっ……」  嘲ると、恍惚とした声を上げる真空さん。 「鍵、持ってますか」  真空さんを離して駄目元で問いかけると、真空さんはポケットの中からさっと鍵を取り出した。 「……随分用意がいいんですね」  驚いて訊くと、真空さんは恥じるように俯いた。 「……いつ、ご主人様に……したいから来いって、言われても……すぐに、来れるように、って、その……いつも、持ってます」  そういう献身的で健気なところも可愛くて堪らない。こんな可愛い人、苛めたくならないはずがない。  そんなことを考えてしまって、ああ俺はもうすっかりSになってしまったなと苦笑した。 「へえ、ってことはつまり、今までずっと、無理やり呼びつけられることを期待してたんですね?」 「……すみません」  真空さんは更に顔を赤くした。 「謝らなくていいですよ。……じゃ、屋上入りましょうか」

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