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4二人で歩んでいくために
全てを知った今、兄貴に謝りたいことが山ほどあった。何度も「ごめん」と口走りかけた。
だけど、謝ったところで何にもなりはしない。だから俺は、兄貴にこう言った。
「――ありがとう、兄貴」
兄貴は目を見開いて、呆然と俺を見つめた。何か言おうと口が開きかけたが、ぐっと真一文字に結ばれた。
そして顔を歪めて俯き、それでも何とか茶化すような声色で言った。
「バーカ、思ってもないこと言うなって。お前が俺に礼を言うなんて、明日は雪でも降るかもね」
「兄貴、俺は真剣に言ってんの。兄貴が強がって自分ばっか苦しんでんの、俺は分かってるんだからな。いい加減一人で苦しむのやめろよ。何のための兄弟だよ。何でちょっとくらい相談してくれねえの? お前そんなに俺のこと信頼してねえの? なあ、お互いにたった一人の家族だろうが」
兄貴は口をつぐんだ。もう茶化す言葉は出てこなかった。
「ホストしなきゃ足りないくらい金が全然ないってんなら、俺だってバイトするよ。学費分にはならないかもしれねえけど、生活費分くらいは稼いでやる。一人で何とか金稼ごうとすんな。父親が死んで金が足りないってのは兄貴の事情じゃない、俺たちの事情だ」
兄貴は顔を手で覆った。微かにしゃくりあげる声が聞こえた。俺は兄貴のために気付かないふりをした。
兄貴は俺に顔を見せないまま、涙声で語った。
「俺っ……平太は絶対、俺のこと、嫌ってると思ってて……俺のせいで、辛い目に遭わせたり、面倒事に巻き込んだり、したし……嫌われて、当然のこと、してきたからっ……」
兄貴の声は、震えて裏返っていた。聞いたこともないそんな兄貴の声は、それがずっと隠してきた本心だと物語っていた。
「でもやっぱ、俺は、平太のこと好き、だったし……家族がいきなり、自殺、することの、辛さは分かってた、からっ……平太に同じ目に、遭わせるのだけは、駄目だって……平太にだけは、幸せになって、欲しいってっ……ひっく……今まで、何とか死なずに、頑張ってきてっ……」
「……ありがとう」
兄貴がそんなことを思ってるなんて、知らなかった。俺は何も知らなかった。
兄貴につられて、俺まで涙で視界が歪んだ。兄貴がこんなに、俺のことを思ってくれてたなんて、知らなかった。
「俺しかいない、から……平太は、俺が、俺がっ……何とか、面倒見なきゃって……今まで散々、馬鹿に、したり、からかったり……したけど、でも……本当は、お前の成長、見るの嬉しくて……ひくっ……素直に、なれなくてっ、ごめん……」
「……俺も、素直になれなくてごめん。本当は、ちゃんと兄貴に感謝してた」
兄貴は泣きながら、頷いた。頷いて、言葉を続けた。
「お前に……理解、されなくても、いいって……思ってた。でもやっぱ……面と向かって、感謝、されると……めちゃくちゃ、嬉しいな……ありがとう」
「ははっ、そんな喜ぶなら、もっと早く言えばよかったな」
冗談めかして言うつもりだったが、声が滲んで語尾が震えた。
「兄貴、俺、バイトして生活費稼ぐから。兄貴が稼いだ分は全部、貯金に回して大丈夫だから」
「……うん」
「辛くなったら千紘さんでもいいけど、俺に色々話してくれていいから」
「……うん」
「それで、もう一人で抱え込まないで欲しいっていうか……とにかく、俺が兄弟だってこと、忘れないで欲しい」
「……うん」
兄貴は頷くと、顔を上げ、泣いて赤くなった目で俺を見つめて、笑った。今まで見たどんな笑顔よりすっきりしていて、幸せそうだった。
「平太……お前が弟で、よかった」
「俺も、お前が兄貴で、よかった」
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