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1知らないことだらけだ
バイトの面接二つに難なく受かり、今日から俺はバイトを始めることになった。人間関係が面倒で今まで短期バイトしかしてこなかったから、長期間勤務し続けるバイトはこれが初めてだ。
バイト先は、駅から少し遠いところにある個人経営の喫茶店とコンビニだ。喫茶店はそこらのコンビニやファミレスと比べて、時給が高かったからそこにした。
だけど定休日などでどうしても働けない日があったため、シフトを入れられなかった日にコンビニのバイトのシフトを入れた。
兄貴はあの日以来、俺にも愚痴を吐いたり頼ったりするようになった。夜なんかはへらへらした笑顔だけじゃなく辛そうな顔も俺に見せるようになり、その分普段はいつもよりすっきりした表情で過ごすようになった。
正直そんなに役に立てている気はしなくて、まだ借りの方が多いと思う。だけどそう言うと兄貴は必ず『いざという時お前に辛いって言える、って思うだけでかなり楽になったから』なんて笑うのだ。強がった笑顔じゃなく、心からの笑顔で。
本当によかったと思う。バイト先が決まったのも、兄貴の負担が前より減ったのも。
ただ、一つだけ気がかりがあった。それは、喫茶店のバイト先に一人櫻宮学園の生徒がいるらしい、ということだ。それもどうやら、同じ学年らしい。
面倒なことにならなければいいが――と内心少しうんざりしながら、俺は喫茶店の扉を開いた。
「いらっしゃ――あれ、平太くん?」
そんな声が聞こえた。俺をそう呼ぶのは一人だけだ。まさか、と思い声のした方向を見ると、案の定、
「和泉?」
カフェエプロンを付けて銀のトレイを持った和泉が、驚いたように俺を見ていた。
「もしかして、お前がここで働いてる櫻学生?」
「それなら、平太くんが今日からここで働く櫻学生?」
お互いに目を見合わせ、それから思わず笑ってしまった。何という偶然だろう。
「じゃあじゃあ、今日から平太くんと一緒に働けるってこと?」
頷くと、和泉はぱあっと表情を明るくした。眩しいほどの笑顔だった。
「お、館野くん、もしかして知り合いだった?」
店の奥から喫茶店のオーナーの声が聞こえてくる。
「友達です!」
和泉が心底嬉しそうに答える。「それならよかった」というオーナーの優しい声がした。
「やったあ、平太くんと同じバイト先かぁ……えへへ。じゃあ、僕が色々仕事内容教えるね!」
はにかんだように笑うと、和泉はそう意気揚々と宣言して今にも説明を始めようとした。俺はそれを慌てて遮った。
「待てって、まだ俺着替えてねえ」
和泉はぱちくりと目を瞬き、俺を一瞥して「あ、そっか」と納得したように頷いた。しっかりしているはずなのに、和泉は色んなところがところどころ抜けている。
そういうところは確かに欠点ではあるが、和泉の魅力でもあるな、なんて苦笑しながら俺は、更衣ロッカーへ向かった。
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