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3知らないことだらけだ

「……で? お前何教えて欲しいんだっけ」  次の日、親が仕事で夜遅くまでいなかったので、バイト後に僕は平太くんを家に呼んで料理を教えてもらうことにした。そして平太くんは、スーパーに入りながら僕にこう尋ねた。  僕は少し躊躇った。いつもお兄さんと交代で自炊している平太くんに、何もやったことがないと言うのはどうなのか。  だけど僕は、正直に言った。 「ええと……正直、お米炊くのもやったことなくて……何から教えてもらえばいいか」 「は?」と平太くんは聞き返した。やっぱり、平太くんからしたらそんなのはありえないものなんだろう。少し恥ずかしくなる。  平太くんはしかし、「うーん……」と悩むように宙を見上げ、こう尋ねた。 「まあ米は一回教えればすぐ炊けるようになると思うし……カフェの軽食だろ? ならまず、ナポリタンとか作ってみる?」  僕はそれを聞いて、「うん!」と頷いた。よかった、やっぱり平太くんは優しい。 「じゃあ材料買うか。俺がパスタとソーセージ持ってくるから、とりあえず和泉はマッシュルームと玉ねぎ持ってきてくれねえ?」 「分かったー!」  僕はそう言いながら野菜売り場へと駆けた。少ししてから、まるで僕は親にお使いを頼まれた子供みたいだななんて思った。  パスタを茹でるための水を鍋に溜め、沸かし始めてから平太くんは、包丁を握ってあたふたしている僕にこう聞いた。 「……もしかして、包丁触ったことない?」  僕は、うん、と頷いた。また頼りないところを見せてしまった。また恥ずかしくなる。だけどやっぱり平太くんは優しくて、こう笑った。 「いいよ、じゃあ使い方教えてやるから」  かと思うと、平太くんは僕の後ろに回り、包丁を僕の手の上から握った。  驚いて、僕は思わず、ひゃっ、と声を上げてしまった。「どうした?」と怪訝そうに平太くんが聞く。言える訳ない、平太くんに手を握られてドキドキしてしまったなんて。僕はただ、かぶりを振った。 「まず包丁は、こう……引いて切るのが基本。で、左手でこういう風に切るものを押さえて」  僕の手を握って、平太くんはそう説明する。平太くんに手を握られて、耳元で囁かれて――体温がどんどんと上昇していく。 「じゃあ、試しにこの状態でソーセージを一個切るから、もう一個は自分でやれよ」 「……あ、う、うん」  平太くんの低くて綺麗な声にドキドキしてしまっていて、返答が遅れた。変に思われただろうか。  僕に分からせるためか、あえてゆっくり丁寧にソーセージを切る平太くん。手の感覚に集中しようとすると、平太くんに手を握られていることを再確認してしまい、余計恥ずかしくなった。 「……こんな感じ。じゃ和泉一人でやってみ」  そう不意に手を離され、名残惜しく思ってしまう。もっと平太くんに手を握っていてもらいたかった――そう考えて、顔が熱くなった。  平太くんの手の感覚を必死に思い出して、僕は教えてもらったように何とかソーセージを切った。平太くんのと比べて形も大きさもバラバラだったけど、それでも初めて包丁を切れた。  嬉しくなって、僕は「切れたよ!」と振り向いて平太くんを見た。平太くんは「すげえじゃん」と笑った。その笑顔がすごく優しくて、胸が締め付けられた。

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