217 / 373

4知らないことだらけだ

「できたー!」  教えてもらった通りにマッシュルームも切れた。嬉しくて、思わず声を上げると、平太くんは「やったな」と俺の頭をぽんぽんと撫でた。不意打ちのそんな行動に、いきなり心臓が高鳴った。 「何かさぁ、和泉といると弟ができたみたいなんだよな。いつも思ってたけど」  平太くんのその言葉に、少し落胆を覚えた。――何だ、今のはそういう意味だったんだ。  だけどそれを押し隠して、僕はわざとむくれてみせた。 「何それー、僕が子供っぽいってこと? 失礼な、これでも高校生だもん!」 「そういうとこ。そういうとこが子供っぽいんだよ」 「僕は子供っぽくない! 平太くんが大人びてるんだよ」  平太くんは苦笑して、そうかなあ、と呟くと、時計を見上げた。そして頷くと、ごめん貸して、と僕の包丁を受け取った。 「もう割と遅い時間だから、玉ねぎは俺が切るわ。その代わり和泉は、パスタ見てて。もうちょいで茹で上がると思うから」  分かった、と僕が答えるや否や、平太くんは手早く玉ねぎの皮を剥くと、あっという間にみじん切りにしていった。  その鮮やかな手さばきに思わず見惚れてしまい、ふと気付いて慌てて、パスタの茹で具合を見た。一本かじった感じだともうちょうどいい硬さだったので、僕は火を止めた。 「ん、茹で上がった?」  うん、と頷いてから平太くんを見ると、平太くんは既に玉ねぎを切り終わっていた。あまりの早さに、今までの僕のは何だったんだ、と思った。 「じゃあソース作るから、とりあえず見てろ」  平太くんはケチャップとウスターソースと牛乳を冷蔵庫から取り出して、一つの器に目分量で混ぜ合わせながら説明した。 「まず、ケチャップが二人分で大さじ八くらいでウスターソースが大さじ一弱。で牛乳が大さじ六で、そこにさらに砂糖を小さじ二弱、塩を小さじ二分の一入れて混ぜ合わせればソースはできるから」 「ま、待ってよ覚え切れない」  慌てて平太くんの説明を遮ると、平太くんは混ぜながら「大丈夫」と言った。 「後でレシピ書くから、今は見てろ」  やがて混ぜ終わって、平太くんは僕にこう問いかけた。 「野菜炒めとかは作ったことある?」 「……調理実習で、一応」  平太くんは「調理実習かぁ……」と悩むように呟くと、頷いた。 「まあ何とかなるか。じゃあ和泉、さっき切った野菜とソーセージを炒めてくれ」  言いながら平太くんは、フライパンに油をひき、さっさと具材をフライパンに投入すると、菜箸を僕に差し出した。  上手くできる気がしない。だけど平太くんは「炒めるだけなら失敗しねえから」なんて言うばかり。  恐る恐る炒め始めると、平太くんが不意に「そんな手の動きが遅かったら焦げるぞ」と口を挟んだ。それを聞いて、慌てて炒めると今度は、具材をフライパンの下に落としてしまった。  平太くんはしばらく黙って見ていたが、やがて辛抱が効かなくなったのか「ちょっと貸せ」と僕から菜箸を取り上げた。そして手早く炒めると、パスタとソースをさっと入れ、あっという間に混ぜて、火を止めた。  その作業があまりにも滑らかで素早くて、僕は口を開けて見ていることしかできなかった。涼しげな顔でさっさと完成させてしまった平太くんが、かっこよく見えた。  火を止めてから平太くんは「わり」と僕を拝むような格好で謝った。 「最後の方、全部やっちゃった。お前に教えるって目的だったのにな」 「いいよいいよ、僕がとろかったからしょうがない。……練習しておくね、炒めるの」  こんな調子で、本当に料理ができるようになるのか。少し落ち込んでしまってそう言うと、声色で落ち込んでいるのが分かったのか、平太くんは励ますように言った。 「最初はこんなもんだよ。大丈夫、料理って慣れだから」 「……本当?」  恐る恐る尋ねると「そんな心配そうな顔すんなよ」と平太くんは笑った。 「じゃ、器出してくんね?」  言われて、食器棚に向かおうとすると――気付いたら、扉の向こうから覗く一つの物影があった。それは僕に気付かれたのに気付くと、決まり悪そうに笑った。 「……お父さん!」

ともだちにシェアしよう!