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5知らないことだらけだ
お父さんは決まり悪そうな笑顔のまま、扉を開けて僕に話しかけてきた。
「ごめんな、盗み聞きしちゃって……和泉、本気でお父さんのカフェ継ごうとしてくれてるんだなぁ……」
僕は何も言っていないのにどうしてそのことが分かるんだろうか。僕が首を傾げると、お父さんは言った。
「あの料理なんて一度もしたことなかった和泉が、友達にナポリタンの作り方を教わってるんだから、そりゃ分かるよ」
「そうなんだ? お父さんすごいね!」
するとお父さんは、ぱっと明るい笑顔になって僕の頭をくしゃっと撫でた。
「お父さんにとっては、お父さんの店を継ごうと思ってくれてるお前の方がすごいぞ」
「もー、やめてよ。僕もう高校生なんだから」
むくれると、「そうだったな」とお父さんは手を離した。いつものことだけど、やっぱりちょっとだけ、子供扱いされているのが腹立たしい。
その後、ふとお父さんが平太くんと目を合わせると、平太くんはすっとお辞儀をして挨拶した。
「すみませんお邪魔しています。和泉の友達の、明塚です」
「しっかりした子だなあ」お父さんは意外そうに目を瞬いた。「和泉の友達だから、もっとほわんとした子かと思ったよ」
「ちょっと、僕を何だと思ってるの?」
「能天気で鈍い子だと思ってるよ」
「お父さんってば!」
「はは、ごめんごめん」お父さんはそう笑ってから、平太くんに向き直った。
「明塚くん、料理を教えてくれてありがとうな。この子、ほわんとしててとろいから、一緒にいて大変だろ?」
余計なことを言うな、とお父さんを恨みがましく見たが、平太くんは「そんなことないですよ」と笑った。
「和泉は普段とてもしっかり者ですよ。俺も頼りにしてます」
あまりに自然に言うものだから、お世辞なのか本心なのか分からなかった。だけど、そう言ってくれたのは嬉しかった。
「じゃあ、俺はこれで失礼します。夜遅くに失礼しました」
平太くんはそう礼をして立ち去ろうとしたので、僕は慌てて引き止めた。
「え、待ってよ平太くん! 一緒に作ったんだから一緒に食べようよ!」
平太くんは意外そうな顔をして振り向いた。一緒に作ったんだから当然一緒に食べるんだと思っていたのに、どうしてそんな顔をするんだろう。
「そうだよ。せっかく一緒に作ってくれたんだから、是非夕飯を食べていってくれよ」
お父さんも不思議そうにそう言った。すると平太くんは少し苦い顔になって「ですが……」と言った。
「迷惑じゃないですか? 夕飯によそ者の俺がお邪魔しちゃって」
お父さんは目をぱちくりとさせ、それから弾かれたように笑った。
「大丈夫だよ、そんなこと気にしなくても。君だってまだ子供なんだから、大人みたいに気を遣わなくていいんだぞ」
平太くんは、子供、と初めて聞く言葉のように口の中で呟くと、黙り込んだ。子供扱いされたのが嫌だったんだろうか。だけどそれにしては、不思議そうな顔をしている。
「ねえ平太くん、帰ったら一人でご飯作って食べるって言ってたよね? なら僕の家で食べてってもいいでしょ?」
「そうなのか? ならなおさら食べてってもらわないとな。和泉に料理を教えてくれたお礼も兼ねて」
僕とお父さんがそう言っても、平太くんはなおも迷うように黙り込んでいた。しかしやがて、ふっと微笑んで、頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
僕は平太くんと夜ご飯が食べられるのが嬉しくて、「本当? やった!」と思わず声を上げた。だけど平太くんの笑顔が何故だか、今にも泣き出しそうな笑顔にも見えたのが、少しだけ心に引っかかった。
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